Love&peace

八ヶ岳に暮らしている日々。
自然農をやったり、醤油や味噌を造ったり、物々交換や地域通貨を使ったり、満月の集いを開いたり、活元会に行ったり、野や山へ出かけて野草や山菜を食べたり加工したり..。一緒に音楽を分かち合う仲間や、大きな家族のようなつながりの中、私はのびのびと生きることが出来ている。今年になって、今ここに在ると言う幸せを本当に強く感じている。感謝は尽きない。愛と平和はここにある。



こんなに幸せを感じている私が立っている同じ地球の上で、たった今も戦争は起きている。本当に、たった今この瞬間に。
「何でなんだろう?」
テロがどうだとか、経済優先だからとか、歴史がとか、そういうことじゃなくて..。そういうことではない別の答えを私はずっと探している。
仕組みを知り、ちゃんと理解することは、必要なことだって想ってる。
でも、どこまで知ればいいんだろう?
どれだけ理解すればこの地球から戦争はなくなるんだろう?

「ただ『祈る』だけでない『平和』とのつき合い方、『NO WAR』と叫ぶ以外にある『平和』との向き合い方を探したい。世界が平和であることを望むのなら、そうなるための努力をそれぞれが日常の中でしていかなくてはいけないと思う。」

[戦争をしなくてすむ世界をつくる30の方法<合同出版>]の編著者のひとり、田中優さんへMr.Chirdrenの桜井和寿さんが送ったメールの一節です。

私もそう想っている。知ること判ることと同時に、今すぐ出来ることはたくさんある。こんがらがっている糸を嘆く前に、放り出す前に、ほどいていける力を持ってることを信じ切って、たとえゆっくりでも、やってみれば、やがてほどけていく。だから、想ったことはやってみる!

そして、自分自身が『平和』じゃないのに、人に『平和』を望むことは私には出来ない。目の前にいる人と『平和』を分かち合えないのに、世界に『平和』を望むことも私には出来ない。まずは自分が、私自身が、一番身近にいる自分自身の当事者として、自分の人生の当事者として、この地球にあるひとつのいのちの当事者として、足元にある平和の道をしっかり歩いていないと。そこから見えてくるものが答え。そして見えた答えを歩く。LOVE&PEACE♪を歩く。

3年前、アフガニスタンのドキュメント映画「よみがえれカレーズ」を観た。同じ映画会社の最近の作品「日本国憲法」八ヶ岳で上映会をやってみようか。
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# by yumeyaeikoalways | 2005-06-03 14:07 | PEACE!  

え〜こっ茶!

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5月31日にイズミ家の茶畑でお茶摘みをした。
おととしの冬、自分で作ったお茶が飲みたーい!とイズミに言ったら、「ほったらかしの茶畑あるよ〜摘んでいいよ〜」と言ってくれた。あんまりにもスムーズなので嘘かと想ったら本当だった。ラッキ〜♪ドラえもんみたいだね。
ということで去年から、お茶作りを始めた。


数年前、長野県天龍村の知り合いのところでお茶摘みのバイトをした。深い山奥にある知り合いのお茶畑は早朝、深い霧に包まれる。その霧がお茶を守ってくれているとおかみさんが言っていた。農薬を使わず旦那さんが丁寧に手入れをしている。ひとつひとつ手で摘んで行く。茶葉の芽のところ3枚だけ摘んで行く一番茶は50グラムで5000円!作業を考えると決して高くない。出来上がりを飲ませてもらったが味も香りも素晴らしかった。

平均年齢70歳ぐらいの女性たち(ぜんぜんおばあちゃんたちじゃない!)が、ばりばり働いてた。斜度35度ぐらいの斜面にある茶畑をすたすた歩くし、口も手も早くてとてもかなわなかった。始めは鼻も引っ掛けてもらえなかったが、味噌造りの話題になり「出来上がり約150キロの味噌を毎年仲間と造ってる」と私が言った瞬間、母さん方の目がキラーンと光り「農家の嫁は嫌け?!」と迫られた。「嫌です」と即答。もーちょっと違う言い方があったろうに..と今では想う。気持ちと直結した言葉しか言えず申し訳なかったな。母さんたちは元気かなぁ。いい経験でした。あの時のお茶の味が忘れられないです。

そんな想い出を抱きしめながら自分の手でお茶を作る。
去年は、だいたいの手順だけ確認してから、とにかくやってみた。おいしかったけれど、軽すぎ。深さと渋さが欲しい。今年は摘んでから緑茶用はその場で蒸して揉んで煎ってから家に持ち帰った。家に帰ってから味を確かめつつ、揉んだり煎ったりしてかなり理想的な味に近づけた。
烏龍茶と紅茶用は生葉のまま揉んで少し保温をしてから乾燥。醗酵の進み具合、香りと色で判断しながら「烏龍茶」だと感じたところ、「紅茶」だと感じたところで少し煎る。煎ることで醗酵が止まる。今は、まだどちらでもない手前の状態。上手にできたら「え〜こっ茶!」って言う名前で売り出そうかと企んでいる。うふふ♪

イズミ様、マミどん様、お茶畑の手入れやストーブかまどの準備やらなんやら、どうもありがとう。一緒に行ったコバ、きらきらともどもお世話になりました。
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# by yumeyaeikoalways | 2005-06-02 14:03 | 日常のこと  

音楽を通して出逢う

自分の周りを見回してみると、音楽を通して出逢った人ばっかりだなぁと、改めて想う。5月28、29日に松本クラフトに行った時にそれに気がついた。

クラフト会場で久しぶりに出逢った友人たちも、出店していた友人たちも、ばったりあった八ヶ岳の人たちも、みんな音楽のおかげで出逢えた人だった。太鼓教室の生徒、自分のお店をコンサート会場として使わせてくれた人、同じコンサートの出演者、一緒に楽器を作った人、楽器を作る人、イズミの友人..と、相手は様々だけど、音楽のおかげで私はその人たちと出会い、出逢えたんだと想っている。


松本クラフトで、太鼓を叩いている10人ほどのグループがあった。その人たちの「音」は心地よくて、楽しくなる響きがあった。聴いてるうちに、ウズウズが止められなくなって、ほんのちょっと勇気を出して、輪の中に混ぜてもらった。2時間ぐらい叩いたかな。楽しかった〜♪
大切に想っているところが同じようだった。彼らは「音」の通り、心地よくて、楽しかった。そして、みんな仲良しだった。地元の富山でみんなで満月の晩などに太鼓を叩いているらしい。出逢えてスゴく嬉しかった。一緒に太鼓を叩けて嬉しかった。こういう出逢いをする時、音楽をやっている自分が嬉しくてたまらない。幸せでたまらない。
音楽を通して出逢えた人々。音楽をやってなければ出逢えなかった人々。楽しい時間をありがとう!

音楽も、絵も、焼きものも、農も、表現は違っていても、カタチは違っていても、表現できるというのはそれだけで幸せなんだと想う。表現しているその人の中心から、今のその人を通して現れてくるカタチ..。
音楽はそのなかでも、ほかの人と共有しやすいのかもしれない。
音楽の表現者で良かった。音楽が結ぶ縁に感謝!
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# by yumeyaeikoalways | 2005-06-01 14:01 | 思ったこと  

音合わせ 心合わせ

私は、うたうたいであるが、打楽器奏者でもある。そして、太鼓教室の講師でもある。始めた頃は2クラスだったのに、今はクラブ的なものをあわせると8クラスもある。


去年から、障害者と呼ばれる人たちのクラスと、子供のクラスが加わった。それまでは、健常者と呼ばれる人の大人のクラスだけだったから、それまでの自分やそれまでの教え方では、通用するはずがなかった。

「私も一人の人間、相手も一人の人間」と言う気持ちと、「私も豊かになる、相手も豊かになる」という気持ち、そして、絶対的に肯定する気持ちを自分の中心にいつも置いて時を重ねて行くことにした。少しずつ信頼を重ね、今では教室でありながら、あたたかな家庭のような場になった。色々が、とてもスムーズだ。

音合わせするには、心合わせする必要が絶対にある。音楽や楽器に慣れている人であるならば、音合わせイコール心合わせなので、あえて心合わせをするという必要がない場合が多いけど(逆に心合わせが不可能な場合もあるが..)、初めての人や音楽に苦手意識を持っている場合、「心合わせ」は必須だ。ペースと一緒で、合わせよう合わせようとしたって、合わせられるものではないが..。

自分と相手の境界を取っ払ったところ..。そこに自分を置いてみると、気持ちよく、心地よく、音合わせができる。そして心合わせも。双方がそこに立てるとなお良い。それは太鼓を教える時も同じだし、何をするのも同じなんだと、私は想っている。愉気と同じかな?

障害者と呼ばれる人たちが、私に教えてくれたことは、数えきれないほどある。正しいと想ってたことが間違っていたりするし、間違っていると想っていたことが何でもないことだったりする。私はそんな色々を教えてもらいながらも、太鼓を教えるという立場に誇りを持って関わっていたいと想う。

今月から、引きこもりと呼ばれる子供たちのクラスが始まった。きっと今までの私では通用しないんだろうが、愛し切るのみ、信じ切るのみだと想っている。そこが入り口な気がする。

今、太鼓を教えている子供たちが大人になった時、どんな人とでも、音合わせ、心合わせが容易くできるといいなぁ..なんて、夢は広がる。音楽を通して、大切な「何か」を私は育んでいたいのかもしれない。
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# by yumeyaeikoalways | 2005-05-27 22:28 | 思ったこと  

満月祭

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満月祭、開催。きらきら主催で、場所は-Singing Stone-おおえさん宅。
去年、月のリズムを感じながらいのちやつながりなどを尊び合う、そんな会を持ちたいなぁと「勝手につながるお月見ネット八ヶ岳」と言う集いを数ヶ月ひらいた。今回、人と人のつながりによって、「満月祭」として復活した。


たき火を焚いて、ごはんを持ち寄って食べて(八ヶ岳ならではの季節の食べ物が並んだ。そして、みんな、おいし〜い!!自給率も高いのだ♪)、太鼓、笛、カリンバ..音楽を奏でながら、まあるい月をみんなで愛でました。

月はずっと出ていたけど、途中、雨が降って来て家の中に避難。P-chanは帰り支度をしながら「えいこのうたを聴いてから帰る。」と言った。雨が降っているけど、どーしても、たき火の前でうたいたかった。なんか、どーしても譲れない”どーしても”だった。
で、二人でたき火前に移動。前の晩にできたばかりの新曲「ココロ」をうたった。うたい始めると家の中から、一人、また一人とたき火を囲んでまあるい輪になった。うたい終わったら「もう一曲!」とリクエストされて、結局3曲うたった。

本当は,嬉しくて泣きそうになったけど、泣かなかった。
雨が降っていても、私のうたを聴いてくれる人がいるんだ..。その気持ちに応えることができなかったら、うたうたいとして失格なんだ。「うたに、なる。」ってことを、私はこの日初めて自覚した。”間違えちゃった”は、その自覚が足りなかったから。今までは、うたってる時に余分なものがついていたんだなぁ。
雨の中、P-chanをはじめ、聴いてくれたみなさん、本当にありがとう!

「満月にこういう集まりはいいですねぇ。」と、おおえさんがしみじみと言ったのが心に残った。
かっこえ〜っ!
今、ここに生きていると言う奇蹟。人と人とが巡り逢い、時をともにすると言う奇蹟。うたうことで出逢って行く、私を立ち止まらせてくれる瞬間が、私は嬉しい。

主催のきらきら、良い場を与えてくれたおおえさん、お祭りの後のあったかいスープを用意してくれたわかこさん、どうもありがとう。空のおつきさま、ありがとう。

まあるい月のまわりには、薄い雲が広がっていて、美しい虹色の光を放っていました。
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# by yumeyaeikoalways | 2005-05-24 23:21 | ライブ  

高遠の森で -水のみち、人のみち-

毎年、この時期に愛知の小学校5年生が、長野県高遠町の石釜パン野良屋にやってくる。高遠のNPO「あったかとお」を介しての選択式課外授業。3コースあるうちのひとつ、野良屋のタイトルはココペリ。ココペリとは、ネイティヴアメリカンと生きる音楽の精霊のこと。

まずは、太鼓でお出迎え。今年の音楽担当はかつみさん、ダイちゃん、八ヶ岳からてっちゃん、コバ、きらきら、私。緊張しながらも、内にあるドキドキとワクワクで子供たちの目は既に輝いている。子供たちと先生で40人。みんなで手をつないで輪になった。
野良屋かぁちゃんがみんなに問いかける。
  ー水は来るのかな?行くのかな?ー

今回は「水」を通して、「巡り」をテーマにしてる。

ティピをたて、粉と水でチャパティを作り、斧で薪を割って、藁や木の皮で火をおこして火を育て、みんなで、チャパティを焼いて食べた。そこにあるのは、「生きる」ってこと。生きて行く為に必要な最小限のものを、子供たちは「楽しい」という気持ちと一緒に体験したんだと思う。最小限のことだけど、この時代には一番難しいコトなのかもしれない。みんな、夢中でみんな楽しそうだった。

午後はスライド上映会。「酋長シアトルからのメッセージ」。力によって自分たちの土地やいのちを奪う人々(現在のアメリカ人)に向けての、深い愛のあふれるアメリカの先住民のメッセージ。かぁちゃんが語り、とぉちゃんがスライドを動かし、楽団が効果をつける。ほとんどぶっつけだったけど、いい感じだった。

そのあと、今,飲んでる水の道をたどって、森の奥へ、山の奥へ。...水はどこから来るのか?...結構キツめの野良屋の裏山を登って、沢まで歩いた。

左手を骨折してる子・・。
楽しいから登れたんだよね。「どーしても登りたい」というオーラを放っていた。
なんか、君の姿に感動しました。

戻って来て、おやつ。野良屋のスコーン&紅茶。
最後は野良屋夫妻とみとと、音楽担当全員で「レサムピリリ」を演奏した。食い入るように観、聴きしてくれたみんなの表情、よかったなぁ。心の箱にしまっておこう。


離れていても逢わずにいても、
いつもいつも、私は野良屋と同じところを歩いていると感じる。
目には映らない”みち”を、いつも一緒に同じ足取りで歩いている気がする。


水は来るのかな?行くのかな?
人のいのちは来るのかな?行くのかな? 巡りの中、水のみち、人のみち。
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# by yumeyaeikoalways | 2005-05-23 02:12 | イベントなど  

夢を生きている

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ゆめやえいこ。
私は,夢を生きている。
dreamの語源は、「音楽」「喜び」。

2002年、秋。突然私はうたい始めた。
「たぶん、私に宿る深い想いがそうさせた」としか言いようがない。打楽器奏者ではあったけど、まさか自分がうたをうたうなんて、思いもしなかった。

でも、うたい始めて、本当に良かった。うたい始めてからだって、何度もやめようと思ったけど、うたうことやめなくて良かったなぁと、今、本当に想っている。

音楽を通して出逢ったヒト、コト、モノたちが、私を学ばせ、成長させてくれた。
それは、私の音楽にプラスされ、音楽を通して出逢ったすべてに再び贈ることができる。 「幸せの交換」って友人が言った。そーゆーのって、嬉しいね。
人はいつからでもどんなことでも、何でも始められるんだと思うし、自分が変わればすべてが変わるってことがどう言うことなのかもわかった。

何をしていても、何処にいても、どんなことも、すべてが私の音楽になる。だとすれば、私は常にやりたいことをやって生きているってことなのかも。

「Love with everything always」
うたい始めたからこそ、出逢えたすてきな想いです。
私はこの地上で夢を生きている。あなたと共に,音楽と共に。
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# by yumeyaeikoalways | 2005-05-22 02:07 | 足跡  

質問状

国際専門家会議に関する公開質問状


この度、貴委員会が9月11-12日に福島県立医科大学で開催される国際専門家会議に対しては、多くの疑問、疑念があります。その疑問は、3月中の段階で福島県住民に対して説明された100mSv以下の被ばくは安全であるとの見解についてであり、また今回の会議の趣旨の一つ「県民健康管理調査」の外部評価についてです。

放射線防護の専門家の役割は放射線被ばくを最小化して健康被害を未然に防ぐことにあると、私たちは考えます。「福島県における県民健康管理調査の取組み」の目的は「原発事故に係る県民の不安の解消、長期にわたる県民の健康管理による安全・安心の確保」とあります。放射線防護の専門家が役割を果たした結果として安全と安心は確保されるものです。100mSv以下の被ばくは安全であるとの説明によって防護に失敗し、その責任が放棄されてしまいました。

また県民健康管理調査次第のなかには、『今回の福島第一原子力発電所事故による健康影響は極めて少ないと考えられる』とあり、結論を現段階であらかじめ断定しているかのような調査を行い、異なる見解を持つ専門家、研究者間の継続的な議論がなされないのは、自らの責任回避を図ろうとしているようにしか見えません。県民、国民、市民の不信と不満は高まっています。原発事故による汚染の結果、現在も各地で様々な形での被ばくが続いています。その責任の多くが日本における放射線防護の専門家とされる貴委員会の委員および国際専門家会議の限定された出席者にあります。当事者が自ら選んだ海外の専門家から、現在の状況を変え、本来の放射線防護に資する見解を引き出せるとは到底考えられませ
ん。このままでは見せかけの外部評価にすぎないと断定せざるを得ず、住民の不安は増大するばかりです。

私たちは、以上に述べる理由から、この度の国際専門家会議が福島第一原発事故に伴う放射線被ばくの健康への影響について科学的な検討を行い、健康リスク問題を正しく評価し、放射線防護を行うには不十分と考えております。

ここに私たちの見解をお伝えするとともに、貴委員会の会議に関して下記の通りお訊ねいたします。誠意あるご回答をいただけますよう、謹んでお願い申し上げます。なおこの質問状は、貴委員会にお送りするとともに一般公開いたします。


本質問状の提出個人・団体(順不同):               

市民放射能測定所

低線量被ばくから子どもの未来を守るプロジェクト                    

高木学校                        

低線量被ばく研究会

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質問

1.開催される会議の出席者のなかに、低線量被ばくの健康への影響は国際放射線防護委員会の評価よりも大きいと報告する研究者たちの参加が見受けられません。国際専門家会議として、放射線被ばくによる健康への影響を検討するならば、異なる見解を持つ専門家、研究者同士が議論してこそ意味があるものです。そうした研究者を排除して行われる理由をお答えください。



2.年間100mSvまで安全であると住民に説明を行ってきた貴委員会委員、山下俊一福島県医科大学副学長と生涯100mSvから悪影響が見られるとする内閣府食品安全委員会の見解には大きな隔たりがあります。これに関する貴委員会の見解をお聞かせください。


3.チェルノブイリ事故の影響によるがん死者数、罹患者数に関して、IAEA/WHOの報告とヤブロコフ・ネステレンコ報告、ECRR、ドイツ放射線防護協会、またその他多くの報告には大きな隔たりがあります。それらをどのように説明されるのか、不安を抱く住民にも納得のいく形で貴委員会の見解をお聞かせください。


4.「チェルノブイリ原発事故で唯一明らかにされたのは、放射性ヨウ素の内部被ばくによる小児の甲状腺がんのみであり、その他の疾病の増加については認められていません。」(健康診査【目的と概要】)という見解とは異なる多くの研究、報告については検討されるのでしょうか。されないならば、その理由をお聞かせください。


5.専門家、研究者間の意見の違いがあるにも関わらず、お互いの意見が議論されないことで、住民の不安は募り、会議の趣旨に反していると思われます。貴委員会の目的と趣旨のご説明とその理由をお聞かせください。


6.8月16日に行われた記者会見で貴委員会は、県民の放射線に対する不安を払拭するための提言、子どもを持つ母親の不安の解消のための提言を取りまとめるとの発表をなされています。不安を払拭するための提言を行うとありますが、放射線防護のための提言ではない理由をご説明ください。


7.市民の不安を取り除くはずの会議が、一般市民を排除して市民の声が届かない形で行われる理由をご説明ください。

以上
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# by yumeyaeikoalways | 2001-09-07 10:18