土の上・星の上 大鹿村へ

土曜日のお昼に、17年一緒に暮らした愛猫・モリが逝った。
先週から食事を取らなくなり、木曜日から水も拒んでいた。よろよろと私の後をついて回っていたけれど、犬の散歩に出かけたわずか30分のあいだに空へ旅立っていった。
猫の17年間は、きっと長いんだろうなあ。人にたとえると何歳なんだろう?私にとってはずっと子どもだったけど。まだあたたかいそのからだを抱きしめて泣いた。↓生きてるときのモリ。
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午後、思い切って旧友ファミリーを訪ねて、大鹿村に行った。
大鹿村は、ここ八ヶ岳南麓から見て南アルプスの反対側。した道で車で3時間ってとこ。
このファミリーの長男が2~3歳の頃は彼らとしょっちゅう会っていたけれど、彼らが大鹿村に移り住んだ頃から、私も彼らもあまり外出しなくなってしまったので数年に一度しか会えなくなった。

今回は6年ぶりの再会。顔を合わせば会わないでいた時など消えてなくなってしまう気がした。でも、子どもたちは成長していて長男は中学生、二番目は小学校5年生になっていた。ふたりとも、優しくて頼もしいいい子に育っていた。そして去年3月11日、地震の2時間前に生まれたという娘も加わってなんともにぎやかであたたかだった。
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大鹿村はかなりの山奥で、殆どの家が、沢の水と薪ストーブと薪のお風呂。母屋と離れた場所にトイレがあって、ぽっちゃんが常識。鹿も猿も熊もいる。八ヶ岳の家事情より100倍田舎だ。旧友だけでなく、大鹿にはたくさんの知り合いたちが暮らしていて、強くてたくましい人ばかり。きっと、そういう人にしか暮らせない土地なんだろうと思う。

旧友宅に着いてすぐに温泉へ。「鹿塩」という地名があるのだが、この地の温泉は塩分が多くて、舐めるとしょっぱい。石や地層好きの古い知り合いも大鹿村におり、昔々はこのあたりは海だったと聞いたことがあった。大鹿には塩水の沢もあるという。本気で探せば塩が見つかるのかもしれない。湯は柔らかくていつまでもからだがほかほかだった。夕食は自家製小麦を挽いて全粒粉の手打ちうどん。数年前に私が春の陽から分けてもらった小麦を送ったもので、南部小麦とキヌノナミ、ちゃんと育てて彼らの日々の糧になっていることが嬉しかった。そして最高においしかった!

朝、村内放送のエーデルワイスで目が覚めると外はとてもいい天気だった。飛び起きて、外に出た。青い空と南アルプス、森の木々、沢の音、鳥の声、草と土のにおい。豊かだ。一緒に連れてきた愛犬・愛ちゃんと旧友宅の犬・りりーを連れてお散歩へ出かけると、私のジャンベを作ってくれたプレムとばったり出会った。今の彼は家を作っているのだが、以前は魂が宿る太鼓を作る人であった。私の太鼓は大鹿村の倒れたけやきで作られたもので深みのある音がする。私の太鼓の音が好きな人が欲しがって6人ぐらいから注文が入ったけれど、残念なことに彼はその後太鼓を作ることを突然やめてしまった。そんなこともある。もう太鼓を作っても魂が宿らないと感じたのかもしれない。

庭にいる鶏が産んだ玉子で朝ご飯を食べてから、向かいの山にいる友人の家に行くことにした。数年前から、市販のコーヒーを買うのをやめて生豆を自分で焙煎しているのだが、その生豆を分けてくれてる人がこれまた大鹿村の人で、カフェマヤという屋号で、グゥワテマラの車も入らない山奥のコーヒー農場の豆を扱っている。そろそろ家にある生豆がなくなることを思い出して、旧友たちと一緒に突然訪ねたら、運良く夫婦揃って会うことができた。
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ここのコーヒーを飲み始めてから、ほかのコーヒーは(家では)飲めなくなってしまったほど、最高においしい。農場のある村には車も機械も入らない。だから、当然農薬が入ることもなく、そしてすべて手作業でひとつぶひとつぶを本当に大切にしていると言う。
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そして、午後。本当に運がいいとしか思えないタイミングで、佐藤初女さんの講演会が大鹿村であるというので行くことにした。若い世代の主催で、前日にはおにぎりのワークショップがあったという。旧友と子どもたちはおにぎりワークショップに参加したらしく、朝、次男のアマラが教わってきたばかりのおにぎりを握ってくれた。
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大鹿村は物凄い奥地だというのに、愛知、岐阜、東京、神奈川、静岡、栃木、群馬からも参加者があり、参加者は合計で200人もいた。私が自然学校で賄いをしていたときの長・さっちゃんが憧れていた佐藤初女さん、映画・ガイアシンフォニー第二番にも登場している。最初、「野菜が痛くないように切る」という言葉に驚かされて興味を持ち、知れば知るほどその在り方に惹かれた。

震災以降、私はどうしても心がくつろげずにいて、初女さんや川口由一さんに会いたいと思っていたので、本当にありがたかった。「いのちの贈り物」という初女さんの映画の上映と講演。91歳とは思えないほど背中が美しかった。顔を見たとたんなんだか泣きそうになった。そして、初女さんは流れるように一時間話し続けた。講演が終わると「分かち合い」という時間が始まり、提出された参加者からの質問を読み上げて、その質問に答えていくというスタイルのものだったのだが、初女さんは質問の文章をすべて二度ずつ読み上げた。二度読み上げることで、心に落としているように思えた。丁寧に読み、丁寧に答える。

会が終わり、参加者が帰る。が、本番はきっとここだった。
なんと、初女さんは会場にいたひとりひとりの参加者を見送ってくれた。
中には初女さんにサインを書いてもらう人もいた。あんなにゆっくりと丁寧にサインを書く人を私は今まで見たことがない。私は、「人数が多いから手短かに済まそう」というこころがあった。けれど、初女さんは私の手を本当に丁寧に本当に大切そうに握って、「どちらからいらしたの?」「遠くから来てくださってありがとう」と言った。

私は、人に対してなんて雑だったことか。自分に対してなんて雑だったことか。
ありとあらゆるすべてに於いて、なんて雑に向かい合っていたのだろう。。
もっと ゆっくりでいい。もっと 丁寧でいい。

初女さんの言う、
「食べることを大事にするということは、
 目の前の食材である〈いのち〉を大事にするということ。
 その〈いのち〉は自分の〈いのち〉になってくれるのだから。 」
でも、それは、それで終わりではない。

目の前の〈いのち〉を大事にすると言うことは、自分の〈いのち〉を大事にすること、
自分の〈いのち〉を大事にするということは、自分以外の〈いのち〉を大事にすること、
それは、今、ここから、やがていつかにつながって、世界の果てまでつながるんだ。

短い時間だったけれど、得たものは大かった大鹿への旅。
迎えてくれた友人たちに、機会を与えてくれたモリの生涯に、心よりの感謝。
丁寧に、ゆっくりと、土の上、星の上。もう迷わないで進んで行かれると思う。
というか、迷うときは迷ってもいいんだとも思えたから!

---光の花 giura---

大鹿の帰り道、高遠の野良屋にも寄った。その話しはまた次回に。
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# by yumeyaeikoalways | 2012-04-17 05:50  

自転車に乗って~♪

我が家は標高1000m。
約2900mの山の麓ですから、どこに行くにも坂ばかりです。
長年自転車に乗っていた私でしたが、この地に移り住んでから上り坂がきつくて乗らなくなり、20代から乗っていた自転車は友人に譲ってしまいました。でも、最近、自転車に乗っているときの風が恋しくなって、再び自転車を手に入れました。前の自転車を手放したのは12年前なので、当然、私は12 歳をとって、筋力も当時よりも落ちているようで、自転車が到着してから数日は家の周りをひとまわりするだけで、ぜ~~~は~~~^^;としてしまって体力が落ちていることを実感しました。。 

3.11以降、私は自分の在り方を問い直し、生き直そうとしています。
11年前の9.11の時も同じように自分の在り方を問うために立ち止まりましたが、
今回のそれはもう少し深くて強く、9.11からの変化を再び丁寧に修正している感じです。
「仕方ないな」と片付けていたものを、今、すべてひっくり返しています。
なんだか、自分の人生は「仕方ない」でできてる気がしてイヤになっちゃったんです。

水道をやめて沢水へ、洗濯機から手洗いへ、水洗トイレからバイオトイレへ。
ひとつひとつの作業にいちいちヨロコビを感じてしまう。そして、一日に自分が使う水の量がわかるのはいい。有限を知るということは、私にとってとても良い。

そこから始まって、この有限を知るという路線でいきたくなった。
冷蔵庫と洗濯機をやめたので、我が家の家電は照明器具とPCとホットカーペットのみ。
電力を使うものがなくなれば、取引したくない電力会社と縁を切れるので、独立型発電をやってみよう!

我が家で一番電力を使うのは1月、2月で、一ヶ月あたり150Kw、一日5Kw電力を消費している。とりあえず、100wのソーラーパネル2台から始めてみる。独立型発電についてあれこれ調べるのがとても楽しかった。太陽光発電にしろ風力発電にしろ、影の部分はあるのでそのこともちゃんと心に留めて使いたいと思う。そう、電力がなければないで、ろうそくや廃油ランプで過ごせるし、満月あたりなら照明なんていらない。

足るを知ること、ないものはないと知ること。
それから、何かがなくてもなんとかできることを知ること。
そうやって、ひとつひとつにしっかりとこころを置いていたいと思う。

自転車に乗るようになってから一週間、少しずつ少しずつ距離を延ばして、
昨日やっと自転車に乗っているときの風に出会えて、私のからだがとても喜んでいる気がしました。遠くまで行かれるようになりたいな♪ 自転車発電の仕組みでも調べてみようかしら?

さて、明日(今日か)は神奈川県海老名駅前・Vinawalkにてライブです!
神奈川は暖かいのかな、桜は咲いているのかなぁ。。
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# by yumeyaeikoalways | 2012-04-01 00:49  

フクシマの嘘

30分ほどの映像ですが、とてもわかりやすくまとめてあります。
ドイツZDF フクシマの嘘

横内山梨県知事の弟の横内韮崎市長の提案で、韮崎市、北杜市、甲斐市の市長が、瓦礫受け入れに合意したそうです。市民の被曝と地域の汚染をお金(交付金)と交換するってこと。甲斐市と隣接する韮崎市の焼却施設で燃やして、北杜市の処分場に埋めるということなんだろうと思われる。

北杜市にある明野ゴミ最終処分場への瓦礫受け入れについての回答の一部で、県は「東日本大震災に伴う原子力発電所事故に由来する放射性物質に汚染された廃棄物の処理につきましては、災害廃棄物の広域処理に関する国のガイドラインや、昨年8月に制定された放射性物質汚染対処特措法において、安全に配慮した処理方法や基準が定められております。これによりますと、放射性セシウム濃度が8000Bq/kg以下の廃棄物については、一般の廃棄物と同様に管理型処分場に埋め立てることが可能とされています。」と言っています。

山梨県内のごみ焼却施設
・一般廃棄物焼却施設における焼却灰の放射性セシウム濃度の測定結果


受け入れる瓦礫は、t単位。Bq/kgではなくて、Bq/tで考えるとぞっとしちゃいます。
これについても震災前は100Bq/kg、震災後に8000Bq/kgに基準値を変えられているんですけどね。国の言い分としては、『100Bq/kgは「廃棄物を安全に再利用できる基準 」であり、
8,000Bq/kgは「廃棄物を安全に処理するための基準 廃棄物を安全に処理するための基準 」』なんだそうですが。

放射性物質に汚染されたおそれのある廃棄物の処理について
これは環境省の資料ですが、
この資料の中で、宮古市で2,281Bq/kg 、陸前高田市で3,450Bq/kgと算出されています。
国の決めた基準値内ではあるけれど。。安全だと思えるぅ?

瓦礫の受け入れに反対する理由/神戸大学大学院・山内知也教授

被災地の復興支援のため、瓦礫を全国で受け入れるべきだという お考えをお持ちの皆様へ

ここから北杜市長に意見を送ることができます。返事ももらえます。
繰り返し繰り返し、心をもって意見を伝えていきたいと思います。
市長への手紙

というか、、
国や他の地方でやいのやいの騒ぐ前に、
震災瓦礫のある地元の声を聴くことが先だったんじゃないかなぁ。。
東電の意見も聞かせてもらいたいし、、
でも、東電って誰なんだろう? ちゃんとした会社とは思えない。


明野最終処分場は、オオタカが棲み、熊が棲む、美しい森だった。
そこで生きていたあらゆるいのちたちの水場だった唯一の泉が壊された。
圏央道の高尾山トンネルも開通してしまい、いくつもの沢が涸れている。
お金がなくても生きられる。でも、水がなければ何ものも生きることはできない。
いろんな嘘を蹴散らして、大切を取り戻さなくちゃ。土地神様たちは見守っていてくれている!

北の国から027.mov


がっかりすることもたくさんあるけれど、心から嬉しいこと楽しいこともたくさんある。
夜明け前の闇は深いけれど、必ず朝はやってくる。
来週からバイオトイレ作りを始めます!楽しみ!! 
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(元ページ・Empreinte)

※追記  
「きっこのブログ」より
ガレキの広域処理で得する人たち
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# by yumeyaeikoalways | 2012-03-23 23:11  

冬の終わり

久しぶりの更新です。

木曜日の朝、庭でふきのとうを見つけた。例年よりも2週間ぐらい遅いかな。
家の前にはまだ少しだけ雪が残っているけれど、あたりを包んでいる光りは既に春。

今年になって、冷蔵庫などをやめて電気もガスも最小限になった。
水も、水道を一切使わずに湧き水と雨水や雪を使うという生活に変えた。
当然いろんなことに時間がかかるけれど、慣れればどうってことはない。
というよりも、ひとつひとつのことに心をもって丁寧に向かうことができるので、いちいち水や火のありがたさを想ってしまいます。

必要なものと必要じゃないもの、それがよく見えてくる。
ちっとも豊かじゃない豊かさなんて、私は要らないな。

冬の間、一切を遮断してゆっくり過ごしてみて、
自分が疲れていることや深く傷ついていることがよくわかった。
戦争やめよう、原発やめよう、TPPやめよう、瓦礫を拡散させないで、山を壊さないで、等等、、思っていても叫んでみても自分には止められる力がない。自分の想いとは反対の方にいろんなことが進んでゆく。無力感やら痛みやらと一緒に居続けていた。

放射能の汚染が酷い土地にも春がやってくる。
いつもと変わらずふきのとうが顔を出しているだろう。

自由ごっこを終わらせよう。
成長ごっこを終わらせよう。
日本の心、日本人の心を取り戻して生きたいと思う。


冬のなごりを惜しみながら、暖かな春の気配を感じています。
さて、ぼちぼち立ち上がろうかいな。
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# by yumeyaeikoalways | 2012-03-17 06:39  

融和に続く

面倒くさ~いごちゃごちゃの渦に入ってしまいました(・・、)
わけわかんないことを書いてるかもだけど、大事なこと。
なので、前回の続き。

それぞれの「そもそも」から互いが離れて、相手の「そもそも」を"本当に"相手の「そもそも」通りに捉えられることが互いにできたらいいけれども、それは非常に難しい。透明な言葉で伝えても届いたと同時に着色されてしまう。受け取ったと同時に着色してしまう。それは、それぞれ大切にしていることが違うから。観ているものが違うから。

でも、本気で「変身しても良い」と思えるくらいの柔軟さと自分の大切から離れることができる賢明さがあれば、相手の「そもそも」のまま受け取ることや近づくことは不可能じゃない。と、思う。

双方がそうであれば、すぐに融和してしまうことだってある。
けれども、絶対に変身したくない人もいる。絶対に変身したくない時だってある。変身したくない人同士や、変身できる柔軟な人と変身できない強硬な人との話し合いは、もう消耗合戦。^^; 消耗合戦は出来る限り避けて通りたいけれど、そうも行かないときもある。

3.11以降、主に原発のことで何人かの友人を失った。今の私は原発があった方がいいという考えにはまったく賛成しないし、これからもそうなるとは思わないから何度話し合っても消耗合戦をするしかない。それでも、友を想う気持ちは変わらない。今はそれでいいかなって思ってる。どんなカタチになろうとも、その先にいつか必ず融和は待っている。

諦めに支配されそうになったりもするし、どうせなら全部ぶっ壊れちゃえー!と叫びそうにもなったりもするんだけれども、それでも、そんなときでも働き続けている夢見る力に私は私を明け渡したいと望んでいる。夢見る力は一人一人に宿っているけれど、私たちはそんな力などないと思っている。否、思わされている。あるんだよ、すべてのみんなに。そこにしっかりと立てばよし。それでよし。


いつまでも They love us,always! I love you,always!


測ってみっぺ!いわき 放射能測定引き受けます 不安な声を聞かせて下さい 安心に繋がる出会いになりますように・・・
福島のこどもたちにマスクを!緊急アクション!!

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# by yumeyaeikoalways | 2011-12-23 06:50  

「そもそも」の差異

何かを話し合っていたとして、どうしても話が通じなくなる場面や、「違う意見を持っている」というのとはまた違う、何か「そもそも」が違うと思うしかなくなるとき。互いに同じことについて話してをしていることには違いは無いのだけれども、「そもそも」が違えばどうしたって噛み合わない。

たとえば「水」。
水道から水が出ることは「あたりまえ」のことで、山から流れてくるのは「あたりまえ」のことだという話。それは、「あたりまえ」だとも思う。けど、私にとってはそれは「あたりまえ」のことでは全然なくて、不思議で不思議で仕方が無いことでもある。水が湧き出しているところに出かけて行っても、私には「あたりまえ」はそこでも見つけられない。水の循環する仕組みやその始まりに想いが飛ぶ。これは意見が違うと言うよりも「そもそも」が違っちゃってる。

たとえば「時間」。
一日は24時間、一時間は60分、一分は60秒が「あたりまえ」。
たとえば「暦」。
2月以外は1ヶ月が30日か31日あるってことが「あたりまえ」。
はい、これも「あたりまえ」です。生まれたときからそう"決められていた"から従うしかないけれど、私には「あたりまえ」のことじゃないし、誰かが何かの都合で決めたこととして捉えちゃっています。新月から始まる暦の方がしっくりするし、時間はもっと緩やかでバイオリンの音色のように流れるものなのだもの。

私の感覚の問題ってこともある。それでも、そこから世の中の「あたりまえ」を眺めていると、いろんなことがおかしなことに見えてしまう。で、「おかしい」と思うことを他人に話したところでたとえば両親などは「おかしいのはおまえだ」ということになるので、いいや、それで。

それでいいんだけど、と言いつつ、本当は良くないんだ。^^;
どちらが正しいとか正しくないと言う話ではなく、「あたりまえ」を軸としている人と「あたりまえ」を軸としていない人では「そもそも」がまったく違う。その差異は双方をわかる側の人にしかわからない。
(あたりまえ だけど^▽^)
わからない方は差異があることすらわからない。
気をつけよう、自分。。


こういう見方の「そもそも」もあるわけで。
日本人が知らないニッポン

現在、日本国内の原発は8基しか稼動していません。原発無くても大丈夫!
全国原子力発電所運転状況

・津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに 
「俺たちは使い捨て  原発労働者が実状を語る」
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# by yumeyaeikoalways | 2011-12-21 06:07  

百人百話 ~故郷にとどまる 故郷を離れる それぞれの選択 その一

岩上チャンネルIWJ9 
福島の人々のインタビューシリーズ 
「百人百話 ~故郷にとどまる 故郷を離れる それぞれの選択」告知編


私が福島で出会った人やその後つながった人が何人か登場していきます。
まずは6話まで。

第一話 佐藤早苗さん
第二話 長野寛さん
第三話 
第四話 トシユキさん
第五話 ヤマダさん
第六話 紋波幸太郎さん
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# by yumeyaeikoalways | 2011-12-13 01:17 | 百人百話  

手作りの会「漬物の会」

先月から始まった手作りの会。
第一回目は友人の和菓子職人による「和菓子の会」でした。
お菓子って、和でも洋でも作ってるだけで嬉しくなってしまうもんですね♪

第二回目は「漬物の会」です。講師は、わたくしです♪ 

日程は、12月21日水曜日11時から。
白菜漬け、野沢菜漬け、たくわん、キムチの4種類。

各々10L型の漬物容器×4、塩1kgをご持参ください!
材料はこちらで用意します。持参もOKです。
参加費は材料込みで1000円。
この先の手作りの会で講師になって、
何かを教えたい分かちたいと言う方は無料です。

手打ちうどんを作って食べつつ進めて行きますので、My食器持参でお願いします。ヤッホー宅配用の漬物も仕込みます。ご協力お願いします。お申し込みは、mail @ yumeyaeiko.net 。 場所、その他詳細はメールにて。

◎今後の予定◎
1月 竹炭焼きの会
2月 醤油の会
3月 
4月 石鹸の会


実は、微生物(菌)が大好きです。
その姿は目には見えませんが、様々なものを変化させてしまう彼らの働きに惹かれます。そして、菌との共同作業が大好きです。何かを仕込んだときには、プチプチ・・しゅわしゅわ・・と、よーく耳を澄ませば菌たちの働く声が聴こえてきます。漬物や醤油やお酢等々、、菌が働いてくれるものを作るのが私は得意です。

大好きな理由は、食いしん坊だからじゃありません。^^
以前、薪ストーブ用の3cm角の木っ端をビニール袋に入れて保管しながら使っていたのですが、そのひとつを放置して5年後に開封してみると、中には土ができていました。木と菌たちとビニール袋の小さな穴から入った水分と時間が土を作りました。とってもあたりまえなことなのに、ビニール袋という環境の中のいのちの働きに甚く感動したことがあります。除菌、抗菌、殺菌などと、菌は嫌われがちのようですが、菌が働いているからいのちの輪は巡り、人も生きていられるんですよね。

漬物は漬けてしまえば、大体のところは菌と塩と時間がどうにかしてくれます。漬物樽の中のいのちの声を聴いて、ほんのちょっと手を入れるだけ。

季節や温度によって元気に活動する菌が違うのですが、冬の農作物がないときに丁度良い具合に、漬物や、醤油、味噌、日本酒作りに必要な元気な菌たちが働いてくれます。そのことを想うとき、自然ってすごいなーと感心してしまいます。いったいこの絶妙に働く力は何の力なのだろう?と思ってしまいます。

小さきものたちが見せてくれる大きな力。人はこのちからに気づきながらいろいろなものを加工してきたんだと思います。中には「うっかりしちゃって~」的にできたものもあるでしょう。納豆やお酢や紅茶なんて、きっとうっかりしたことで発見できたものじゃないかなぁと思います。

うっかりも含めて、人はずっとこの自然のリズムやちからと共に生かされながら生きてきた自然なんですよね。「なんだ、人もただの自然なんじゃん」って気づいたとき、そしてその大きないのちの輪の中で生きようと思えたとき、人も菌のように偉大な(あたりまえな)働きができるようになるのかも知れませんね。


前の記事・「ちから」は、進みたい方へ進めない苛立ちみたいなものを握り締めたまま書きました。でも、コメントのやり取りをしているうちに自分の気持ちを整理することができて、もやもやしていたことがすっきりしました。言葉に置き換えて「わかる」ことは大事だなと思いました。

年内で賄い仕事はおしまいにすることにしました。突然の決断と宣言に周囲に驚かれつつ、心配されつつですが、「仕方ない」ってところから少しずつ離れて、「大丈夫!」ってところに近づけるように生きてみよう思います。

私がやりたいことは、いのちとのつながりの再生です。
歌うことや太鼓教室をはじめ、愉氣の会も、ヤッホーファーマーズも。
この手作りの会は、そこからもう一歩踏み出したところに位置するような気がします。

自分のことを自分で深く観る時間と、誰かの考えを噛み締める時間、とても尊い時間だと思いました。
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フクシマハートネットワーク
チェルノブイリハートと呼ばれている先天性心室中隔欠損症という穴の開いた心臓。福島県郡山市で、これと同じ症状を持つ赤ちゃんが誕生してしまったようです。。

『福島県郡山市で生まれ育ち、結婚。そして、地震、原発事故。私たちが妊娠に気づいたのは事故から2週間後でした。「直ちに健康に影響は無い」という言葉を鵜呑みにしていた自分が、愚かで情けない。避難行動に移せたのは1ヶ月後の4月10日でした。しかし、10月に生まれた息子の心臓にはチェルノブイリハートと呼ばれる障害があったのです。』
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# by yumeyaeikoalways | 2011-12-07 00:48  

ちから

12月です。
毎年、どんなことがあっても大晦日には「今年は良い年だったな」と想えて、新らしく迎える年を楽しみにするのですが、今年の大晦日に私はどう思うのでしょう。個人的には良きことはもちろんたくさんたくさんありましたが、津波の被害も原発の被害も何も解決されていないことを考えると、とてもじゃないけど「良い年だった」と現在の私には思うことができないでおります。


原発事故がなかったのなら、被災地の食品を買うという支援をしていたかもしれませんが、原発事故はあったわけで、現在も進行中なわけですから、私は安易に手を出すことができずにいます。食品の放射線量をきちんと測って、国が3月17日に出した暫定規制値ではなく、それ以前の規制値か国際規制値以下であることを確認していると言うのなら話は別ですが、そういう姿勢がないのなら、私は申し訳ないけれど買おうとは思いません。


放射能のことを考えていたら復旧できない、作業ができない、生きていかれない、と、津波の被災地の方や支援に入った人たちが言ってたことがありました。その通りなんだろうと思います。


でも。それでも。
事故を起こした原発からそう遠くない場所の海産物、農産物を買って支えて欲しい、食べて応援しよう!は、安易ではないだろうか。自分たちが立ち上がるために、自分たちを支援しようとする人たちに被曝させる可能性を与えても構わないと言うんだろうか。それとも、測らなくても原発事故前とは100%変わらないと言い切れるんだろうか。しっかり測っていないものを買って食べるということは、「復興のため」の支援ではなくて、(長い目で考えれば)助けたい相手に罪を作らせてしまうことになるんじゃないのか?と。その方がずっと嫌なことに思えてしまうんです、私には。わかりづらいし伝わりづらいし受け入れられづらい「買わない」という支援。。それは支援にならないか。


世間や周囲から危機感が薄れるにつれ、私は不安が広がってしまっています。
マイコプラズマにかかる人の多さ、風邪を長引かせている人や咳をしている人の多さ、自分の周りにいる大病を抱えている人たちの体調不良、、とても気にかかっています。すべてが放射能のせいだとは思いませんが、すべてが放射能のせいではないとも思いません。


3.11以降、いろいろなことに真剣に取り組んでいる人々もいますが、多くの人の無関心ぶり、他人事ぶりに恐怖を覚えます。よく観ること、よく聴くこと、よく考えること、想像力を働かせること、自分の心でしっかりと感じること、、それらが失われている気がしてなりません。政治も電力会社もマスコミの姿勢も、そして殆どの日本人の姿勢が変わらずにいることが、とても不安です。

一人一人が、静寂の時間を持つことが必要に思えます。
一人一人が、自分自身の心の声を、よく聴くことが必要に思えます。
私自身も、何かを超えなくちゃならない必要も感じます。
もっと、ちからが欲しい。
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# by yumeyaeikoalways | 2011-12-01 00:26  

FRYING DUTCHMAN Human error

う~ん。。
阿武隈川から放射性セシウム524億ベクレル

↓なんかスゴかったので。^^;すっごく激しいから痛んだけど、、それでも私はYESだ!
「Human error」


脱原発、脱電力会社だよねー♪
今なんて、日本の原発は10基しか動いてないんだよ。
みんな普通に暮らしてるぢゃん、いらないぢゃん原発。
関電高浜原発2号機、定検へ 国内の運転中は10基に
マイクロ水力やソーラーパネルで、独立してしまおー!
水が流れてるなら小水力、日当たりが良いならソーラーパネル、風が強いなら小型風力。都会だったら、やっぱり人力発電でしょ。通勤通学の万歩計蓄電つき万歩発電とか。道や階段に工夫もできそうだ。

小さくたって始められるんだ!!! <友人宅の独立型テスト用を拝借。>
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# by yumeyaeikoalways | 2011-11-26 22:09