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融和に続く

面倒くさ~いごちゃごちゃの渦に入ってしまいました(・・、)
わけわかんないことを書いてるかもだけど、大事なこと。
なので、前回の続き。

それぞれの「そもそも」から互いが離れて、相手の「そもそも」を"本当に"相手の「そもそも」通りに捉えられることが互いにできたらいいけれども、それは非常に難しい。透明な言葉で伝えても届いたと同時に着色されてしまう。受け取ったと同時に着色してしまう。それは、それぞれ大切にしていることが違うから。観ているものが違うから。

でも、本気で「変身しても良い」と思えるくらいの柔軟さと自分の大切から離れることができる賢明さがあれば、相手の「そもそも」のまま受け取ることや近づくことは不可能じゃない。と、思う。

双方がそうであれば、すぐに融和してしまうことだってある。
けれども、絶対に変身したくない人もいる。絶対に変身したくない時だってある。変身したくない人同士や、変身できる柔軟な人と変身できない強硬な人との話し合いは、もう消耗合戦。^^; 消耗合戦は出来る限り避けて通りたいけれど、そうも行かないときもある。

3.11以降、主に原発のことで何人かの友人を失った。今の私は原発があった方がいいという考えにはまったく賛成しないし、これからもそうなるとは思わないから何度話し合っても消耗合戦をするしかない。それでも、友を想う気持ちは変わらない。今はそれでいいかなって思ってる。どんなカタチになろうとも、その先にいつか必ず融和は待っている。

諦めに支配されそうになったりもするし、どうせなら全部ぶっ壊れちゃえー!と叫びそうにもなったりもするんだけれども、それでも、そんなときでも働き続けている夢見る力に私は私を明け渡したいと望んでいる。夢見る力は一人一人に宿っているけれど、私たちはそんな力などないと思っている。否、思わされている。あるんだよ、すべてのみんなに。そこにしっかりと立てばよし。それでよし。


いつまでも They love us,always! I love you,always!


測ってみっぺ!いわき 放射能測定引き受けます 不安な声を聞かせて下さい 安心に繋がる出会いになりますように・・・
福島のこどもたちにマスクを!緊急アクション!!

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by yumeyaeikoalways | 2011-12-23 06:50  

「そもそも」の差異

何かを話し合っていたとして、どうしても話が通じなくなる場面や、「違う意見を持っている」というのとはまた違う、何か「そもそも」が違うと思うしかなくなるとき。互いに同じことについて話してをしていることには違いは無いのだけれども、「そもそも」が違えばどうしたって噛み合わない。

たとえば「水」。
水道から水が出ることは「あたりまえ」のことで、山から流れてくるのは「あたりまえ」のことだという話。それは、「あたりまえ」だとも思う。けど、私にとってはそれは「あたりまえ」のことでは全然なくて、不思議で不思議で仕方が無いことでもある。水が湧き出しているところに出かけて行っても、私には「あたりまえ」はそこでも見つけられない。水の循環する仕組みやその始まりに想いが飛ぶ。これは意見が違うと言うよりも「そもそも」が違っちゃってる。

たとえば「時間」。
一日は24時間、一時間は60分、一分は60秒が「あたりまえ」。
たとえば「暦」。
2月以外は1ヶ月が30日か31日あるってことが「あたりまえ」。
はい、これも「あたりまえ」です。生まれたときからそう"決められていた"から従うしかないけれど、私には「あたりまえ」のことじゃないし、誰かが何かの都合で決めたこととして捉えちゃっています。新月から始まる暦の方がしっくりするし、時間はもっと緩やかでバイオリンの音色のように流れるものなのだもの。

私の感覚の問題ってこともある。それでも、そこから世の中の「あたりまえ」を眺めていると、いろんなことがおかしなことに見えてしまう。で、「おかしい」と思うことを他人に話したところでたとえば両親などは「おかしいのはおまえだ」ということになるので、いいや、それで。

それでいいんだけど、と言いつつ、本当は良くないんだ。^^;
どちらが正しいとか正しくないと言う話ではなく、「あたりまえ」を軸としている人と「あたりまえ」を軸としていない人では「そもそも」がまったく違う。その差異は双方をわかる側の人にしかわからない。
(あたりまえ だけど^▽^)
わからない方は差異があることすらわからない。
気をつけよう、自分。。


こういう見方の「そもそも」もあるわけで。
日本人が知らないニッポン

現在、日本国内の原発は8基しか稼動していません。原発無くても大丈夫!
全国原子力発電所運転状況

・津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに 
「俺たちは使い捨て  原発労働者が実状を語る」
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by yumeyaeikoalways | 2011-12-21 06:07  

百人百話 ~故郷にとどまる 故郷を離れる それぞれの選択 その一

岩上チャンネルIWJ9 
福島の人々のインタビューシリーズ 
「百人百話 ~故郷にとどまる 故郷を離れる それぞれの選択」告知編


私が福島で出会った人やその後つながった人が何人か登場していきます。
まずは6話まで。

第一話 佐藤早苗さん
第二話 長野寛さん
第三話 
第四話 トシユキさん
第五話 ヤマダさん
第六話 紋波幸太郎さん
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by yumeyaeikoalways | 2011-12-13 01:17 | 百人百話  

手作りの会「漬物の会」

先月から始まった手作りの会。
第一回目は友人の和菓子職人による「和菓子の会」でした。
お菓子って、和でも洋でも作ってるだけで嬉しくなってしまうもんですね♪

第二回目は「漬物の会」です。講師は、わたくしです♪ 

日程は、12月21日水曜日11時から。
白菜漬け、野沢菜漬け、たくわん、キムチの4種類。

各々10L型の漬物容器×4、塩1kgをご持参ください!
材料はこちらで用意します。持参もOKです。
参加費は材料込みで1000円。
この先の手作りの会で講師になって、
何かを教えたい分かちたいと言う方は無料です。

手打ちうどんを作って食べつつ進めて行きますので、My食器持参でお願いします。ヤッホー宅配用の漬物も仕込みます。ご協力お願いします。お申し込みは、mail @ yumeyaeiko.net 。 場所、その他詳細はメールにて。

◎今後の予定◎
1月 竹炭焼きの会
2月 醤油の会
3月 
4月 石鹸の会


実は、微生物(菌)が大好きです。
その姿は目には見えませんが、様々なものを変化させてしまう彼らの働きに惹かれます。そして、菌との共同作業が大好きです。何かを仕込んだときには、プチプチ・・しゅわしゅわ・・と、よーく耳を澄ませば菌たちの働く声が聴こえてきます。漬物や醤油やお酢等々、、菌が働いてくれるものを作るのが私は得意です。

大好きな理由は、食いしん坊だからじゃありません。^^
以前、薪ストーブ用の3cm角の木っ端をビニール袋に入れて保管しながら使っていたのですが、そのひとつを放置して5年後に開封してみると、中には土ができていました。木と菌たちとビニール袋の小さな穴から入った水分と時間が土を作りました。とってもあたりまえなことなのに、ビニール袋という環境の中のいのちの働きに甚く感動したことがあります。除菌、抗菌、殺菌などと、菌は嫌われがちのようですが、菌が働いているからいのちの輪は巡り、人も生きていられるんですよね。

漬物は漬けてしまえば、大体のところは菌と塩と時間がどうにかしてくれます。漬物樽の中のいのちの声を聴いて、ほんのちょっと手を入れるだけ。

季節や温度によって元気に活動する菌が違うのですが、冬の農作物がないときに丁度良い具合に、漬物や、醤油、味噌、日本酒作りに必要な元気な菌たちが働いてくれます。そのことを想うとき、自然ってすごいなーと感心してしまいます。いったいこの絶妙に働く力は何の力なのだろう?と思ってしまいます。

小さきものたちが見せてくれる大きな力。人はこのちからに気づきながらいろいろなものを加工してきたんだと思います。中には「うっかりしちゃって~」的にできたものもあるでしょう。納豆やお酢や紅茶なんて、きっとうっかりしたことで発見できたものじゃないかなぁと思います。

うっかりも含めて、人はずっとこの自然のリズムやちからと共に生かされながら生きてきた自然なんですよね。「なんだ、人もただの自然なんじゃん」って気づいたとき、そしてその大きないのちの輪の中で生きようと思えたとき、人も菌のように偉大な(あたりまえな)働きができるようになるのかも知れませんね。


前の記事・「ちから」は、進みたい方へ進めない苛立ちみたいなものを握り締めたまま書きました。でも、コメントのやり取りをしているうちに自分の気持ちを整理することができて、もやもやしていたことがすっきりしました。言葉に置き換えて「わかる」ことは大事だなと思いました。

年内で賄い仕事はおしまいにすることにしました。突然の決断と宣言に周囲に驚かれつつ、心配されつつですが、「仕方ない」ってところから少しずつ離れて、「大丈夫!」ってところに近づけるように生きてみよう思います。

私がやりたいことは、いのちとのつながりの再生です。
歌うことや太鼓教室をはじめ、愉氣の会も、ヤッホーファーマーズも。
この手作りの会は、そこからもう一歩踏み出したところに位置するような気がします。

自分のことを自分で深く観る時間と、誰かの考えを噛み締める時間、とても尊い時間だと思いました。
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フクシマハートネットワーク
チェルノブイリハートと呼ばれている先天性心室中隔欠損症という穴の開いた心臓。福島県郡山市で、これと同じ症状を持つ赤ちゃんが誕生してしまったようです。。

『福島県郡山市で生まれ育ち、結婚。そして、地震、原発事故。私たちが妊娠に気づいたのは事故から2週間後でした。「直ちに健康に影響は無い」という言葉を鵜呑みにしていた自分が、愚かで情けない。避難行動に移せたのは1ヶ月後の4月10日でした。しかし、10月に生まれた息子の心臓にはチェルノブイリハートと呼ばれる障害があったのです。』
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by yumeyaeikoalways | 2011-12-07 00:48  

ちから

12月です。
毎年、どんなことがあっても大晦日には「今年は良い年だったな」と想えて、新らしく迎える年を楽しみにするのですが、今年の大晦日に私はどう思うのでしょう。個人的には良きことはもちろんたくさんたくさんありましたが、津波の被害も原発の被害も何も解決されていないことを考えると、とてもじゃないけど「良い年だった」と現在の私には思うことができないでおります。


原発事故がなかったのなら、被災地の食品を買うという支援をしていたかもしれませんが、原発事故はあったわけで、現在も進行中なわけですから、私は安易に手を出すことができずにいます。食品の放射線量をきちんと測って、国が3月17日に出した暫定規制値ではなく、それ以前の規制値か国際規制値以下であることを確認していると言うのなら話は別ですが、そういう姿勢がないのなら、私は申し訳ないけれど買おうとは思いません。


放射能のことを考えていたら復旧できない、作業ができない、生きていかれない、と、津波の被災地の方や支援に入った人たちが言ってたことがありました。その通りなんだろうと思います。


でも。それでも。
事故を起こした原発からそう遠くない場所の海産物、農産物を買って支えて欲しい、食べて応援しよう!は、安易ではないだろうか。自分たちが立ち上がるために、自分たちを支援しようとする人たちに被曝させる可能性を与えても構わないと言うんだろうか。それとも、測らなくても原発事故前とは100%変わらないと言い切れるんだろうか。しっかり測っていないものを買って食べるということは、「復興のため」の支援ではなくて、(長い目で考えれば)助けたい相手に罪を作らせてしまうことになるんじゃないのか?と。その方がずっと嫌なことに思えてしまうんです、私には。わかりづらいし伝わりづらいし受け入れられづらい「買わない」という支援。。それは支援にならないか。


世間や周囲から危機感が薄れるにつれ、私は不安が広がってしまっています。
マイコプラズマにかかる人の多さ、風邪を長引かせている人や咳をしている人の多さ、自分の周りにいる大病を抱えている人たちの体調不良、、とても気にかかっています。すべてが放射能のせいだとは思いませんが、すべてが放射能のせいではないとも思いません。


3.11以降、いろいろなことに真剣に取り組んでいる人々もいますが、多くの人の無関心ぶり、他人事ぶりに恐怖を覚えます。よく観ること、よく聴くこと、よく考えること、想像力を働かせること、自分の心でしっかりと感じること、、それらが失われている気がしてなりません。政治も電力会社もマスコミの姿勢も、そして殆どの日本人の姿勢が変わらずにいることが、とても不安です。

一人一人が、静寂の時間を持つことが必要に思えます。
一人一人が、自分自身の心の声を、よく聴くことが必要に思えます。
私自身も、何かを超えなくちゃならない必要も感じます。
もっと、ちからが欲しい。
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by yumeyaeikoalways | 2011-12-01 00:26