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キャンドルナイト夏至@空穂宿 -1- ハジマリノハナシ

去年に引き続き、今年も山梨県韮崎市にあるゲストハウス空穂宿の夏至イベント、
キャンドルナイトに出演させていただきました!! 約一ヶ月遅れの報告です。
キャンドル制作&デコも、去年に引き続きChu-Buru-DECOさん。
そして今年は、パーカッショニスト・ヨディーも一緒に、キャンドルナイトを彩りました♪
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以前にも書きましたが、震災後、どういう心で、どういう想いで歌って良いのか、
人の前に立って、どうそれを表現していいのかを見失っていた時期があったので、
空穂宿のお二人からオファーが来たとき、自分がこの仕事を引き受けて良いのか、実は一瞬迷いました。オファーの相手が空穂宿でなければ、もしかしたら断っていたのかも知れないです。


それでも引き受けることにしたのは、「それは、私にできることなんだ」と思うことができたからです。ライブハウスや他のイベントのように、いろんな音楽家たちが彩る世界ではなくて、私の音・私の歌の世界が、空穂宿の持つ世界と、Chu-Buru-DECOのキャンドルの持つ世界とが調和するからこそのイベントで、更にその場にやってくるお客さんたちの持つ世界がそこの乗っかって来るわけですから、中途半端な自分では絶対にやりたくなかったわけです。


何も言わなくてもなんとなく分かり合えるという感覚の持てる相手というのは、やっぱり特別な存在なんだと思う。引き受けることにしたのは、互いに言葉にしなくても「そこに大切なものがある」ということが、「なんとなく」そして「揺るぎなく」感じることができたから。


そして、打ち合わせのときに、今回のテーマは「クリキンディ」ってことを聞いたときには、引き受けるときに感じたことがそこにあると確信できて、とても嬉しくなりました。空穂宿のお二人からは、「クリキンディ」の朗読をお願いされました。ついでに、「魔法のことば」の朗読もすることにしました。


打ち合わせのときに、空穂宿のおふたりとChu-Buru-DECOのお二人とみんなで合掌行氣をしたのですが、そのときの感覚がホットで心地よかったので、コンサート第二部である参加型コンサートの始まりでは、スタッフもお客さんも全員で合掌行氣をすることにしました。


整体がどうのは、その次の話で良いと思うのです。自分の手のひらを合わせたときの温かさや、自分の呼吸や、目を閉じること、、一分でも二分でもそういう時間があると、「自分」を感じることができていいなと思う。そして、、多分どんなことでも言えることだろうけれど、「自分」と「自分」同士で響き合うのはとっても心地よくてとっても楽しいことなんだ♪


つづく。。


キャンドルナイト報告@ゲストハウス空穂宿ブログ 
キャンドルナイト・壱
キャンドルナイト・弐
キャンドルナイト・参
キャンドルナイト・四


今日は 満月ですね♪ おまけ・ポーランドの夏至祭

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by yumeyaeikoalways | 2011-07-15 23:47  

大地に寝ころんで

福島のつながりある人たちに、八ヶ岳の野菜を送り始めて二ヶ月になります。
最初は二件だけだったのに、現在は25件に増え、
先週は春野菜と夏野菜の切れ目にあたり、送れるものが少なかったので野草摘みに出かけました。


「雑草」と呼ばれていますが、足元は食の宝庫♪
すぎな、よもぎ、つりがねにんじん、オオバコ、セリ、カキドオシ、どくだみ等々。
今回は、白州の友人宅のまわりで効用なども教わりながら野草を摘みましたが、
自宅のまわりにも、よ~く見るといろんな効用を持つ草がたくさんありました。
薬草図鑑を持って散歩をするのがとても楽しいです♪


野菜を提供したいと言う新しい協力農家さんが現れたり、
うちのジャガイモを送って~と、友人が協力してくれたり、本当に嬉しいです。
新聞の取材も受けたのですが、私はちっともすごいことをしてる実感がないので、
なんだか恥ずかしいような気がしてしまいます。


八ヶ岳の野菜や食品を作っているのも、
その土や野菜の放射能測定をしてくれたのも他の人で、
届けてくれるのは宅急便で、私は何をしてるのかといえば、
宅配希望者を募り、野菜をもらって、豆腐やパンと一緒に梱包して送り状を書いているだけなわけです。


それに、宅配代金もちゃんと頂いているし、
頂いたお金を福島移住組の支援に充ててるだけだから、すごいと言われると恥ずかしい。
本当にすごいのは、野菜を作って提供をしてくれる人やパンや豆腐を作っている人たちなんだと思いますね。私はただ、外からの被曝に苦しみ、食べるものにも不安を抱えなくてはならない放射線量の高い地域の人々に思いを馳せ、できることをやってるだけだから。


前回の記事、「原発と歌うこと」で、書いた「科学の進歩なんてどうでもいい」について、
科学を全否定したように受け取られた科学者さんからお叱りを受けました。^^;
そういうつもりじゃなかったけれど、誤解を与えちゃう文章を書いてごめんなさい。


科学にしろ、経済にしろ、
人々の幸福といううえにあることが大前提であって欲しいと願います。
誰かや誰かの幸福が犠牲になってしまっても構わないということが前提だとしたら、
やっぱり、私はそれを欲しいとは思いたくないんです。


こうして、PCを使えたり自動車に乗ったりできることは、
人間の発想と、科学の進歩のおかげであると思っています。もちろん経済も。
そこにちゃんと感謝しつつも、もし、それがない状態であったとしたらを想像してみると、
この星の上にいるただのなんでもない私で、何も持たない状態の自分で在ったとしても、
私は幸せでいられるんじゃないかと 思えるんです。


野草を摘み終わって、久しぶりに草の上に寝ころびました。
勢いよく流れる川の流れの音と、木々や草を揺らす風の音、鳥の声、
青い空、太陽と雲、山々、友だちの笑い声、草のにおい、、
本当に久しぶりに、心も身体もゆったりとしました。


・辻信一さん「絶望の共有」

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by yumeyaeikoalways | 2011-07-13 00:39  

原発と歌うことと


もうすぐ震災から4ヶ月が経とうとしています。
私はそれ以前と以後とそんなに変わらない暮らしを続けているけれど、
世界はすっかり違って見えています。なぜか、自分やほかの人も違って見えていたりします。


そして、
「他者を批判することで、自らを正当化する者の なんと多いことか」
「自分の意見を押し付けようと躍起になり 
  相容れない意見は相手の人格までも否定する者の なんと多いことか」
ということを、本当に考えさせられています。


上記の「」の言葉は、テレビ東京・「鈴木先生」の最終回から。
震災後、自分のだけではなく、人と人との色々な関わりを見ていても、
気になるところであったので、思わずメモをしてしまいました。


福島第一原発の事故が起き、
放射能と共に生きなければならなくなってしまった今もなお、
原発を推進し続ける人を、
私は、どうしても頭と心がおかしいと思ってしまう。


大事にしているところが違うのだというところは、
よくわかるんだけど・・。彼らは何にしがみついているのか?って思ってしまう。


私は、電力も経済や科学の進歩もどうでも良かったりする。
電力は、少しあれば充分だし、なければないでも全然平気。
経済って言ったって、多く持ってても何に使っていいかがわからないし、
科学に至っては、自分のいるところや暮らしからはとても遠くってな~。。


山帽子の実がなった♪とか、
今夜は星がたくさん見えて綺麗だ♪とか、
ズッキーニたくさんもらった~♪とか、
家の前に蛍がいっぱいいる~♪とか、
そんなことで幸せなわけなんだもん。多すぎる火はいらない。。


それから、「原発と意識」についてブログ書いている人がいて、
原発を止めるには「自分の中にある原発をなくすことが必要」だと言っていた。

う~ん。これだけを読んでも「?」の人はいるかもしれないけれど、
わかる人もたくさんいると思うんだよなぁ。


自分の中の原発・・。
自分の外側の動きももちろん必要だと思うけど、
内側にあるものにもちゃんと目を向けないといけないんだよね。
私は、これがそうかも!って思えることは、すっごくたくさんあると思う。
そして、自らを変えることが必要ならどんどん変えたいと思う!


誰かを批判する気にはなれないけど、(してるかもしれないけど)
とにかく、やめよう原発。
事故を起こしたら、誰にも止められないんだから、もうやめよう!!



北杜市が動き出した!
小中学校の屋上に太陽光パネル 山梨県北杜市♪

小水力発電所:農業用水路に 同一水系に3カ所建設 北杜市と商社子会社連携 /山梨



震災後、考えることといえば、原発や放射能のことばっかりで。
震災直後は、どういう気持ちで、
どういう心で歌えばいいのかを見失ってもいましたね。


おととい、
ぎうさんという音楽仲間が、
私の歌「光の花」のセッションをyoutubeにアップしたと連絡をくれて、
アレンジでこんなにも変わるんだな~と思いながら見ていたんだけど、
なんだか泣いてしまった。こんなにいい曲だったんだなぁ・・。。


いろんな意味で、ありがとう!
もっと歌わなくっちゃって思わせてもらえました!!

ぎうさんと仲間たちで、ゆめやえいこ・光の花

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by yumeyaeikoalways | 2011-07-06 01:09