カテゴリ:PEACE!( 19 )

 

Free Hugs!

お久しぶりです!

時代について行かれなくなってしまったOSを、
どうにか時代について行けるものに取り替えてもらいました。
なんて言うのは、言い訳です。ブログの更新、さぼり癖がついてしまっています。
のんびり更新して行きますので、のんびりとおつきあい下さいませ♪


↓まずは、こちらをご覧下さい。
FREE HUGS


口琴奏者のけいちゃんに教えてもらいました。
いいなぁ、こーゆーの。 心が温まります。

Hugをしてもいい人、 Hugをしてはいけない人、
自分の中に、何らかの基準があるらしく、 私は今までHugする相手を選んでいたようです。


たとえば、今まで何をしてきた人だとしても、
たとえば、どんな未来を夢見ている人だとしても、
Hugは、今、目の前にいるその人を完全に受け入れてしまう力がある。


知っている人でも、知らない人でも、
良い人だとか、悪い人だとか、そんなことは関係なくて、
あらゆるいっさいの境界線を超えて、
Hugは、人と人をあたたかく結んでしまう。


人のぬくもりって、いいよね。


私もFree Hug、始めます♪
みなさま、よろしくね〜。^^
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by yumeyaeikoalways | 2006-10-11 11:54 | PEACE!  

明日へ

私の視点は、解決不可能に想える、あらゆる問題を捉えます。イコール自分だ、とも捉えています。今の世の中のすべてを「良し」とは想えず、自分には何ができるだろうと自分なりの答えを見つけながら、変化させつつ変化しつつ、輝く明日を見据えて今日を生きています。

失敗することもあり、人を傷つけてしまう場合もあり、同じだけ自分も傷ついてしまうこともあり、うつうつ時を過ごすこともあり・・。
だが、しかし。それがどーした。だからどーした。つまり、どーする?
ええ、ええ、何度だって、やり直しちゃいます、私。ふはははは。
何も言わずに、語って行くしかないですもん♪

ということで、最後まで「あ〜、楽しかった」と笑って死んだろかと想います。
私を歌う人に導いてくれたちから、世界中に花を咲かせるちから、天に地にある妙なるちから、風と水と天龍のちから、、、よくわからない不思議なちからたち。
歌うことによって出逢ってきたたくさんの人、もの、こと。
次へ、次へ、いのちは流れ続けて運ばれ続けて行くのです。それはこの身が朽ちても尚、続いていくのです。
誰のいのちも、ね。それが、私の視点のひとつの在処。

上勝町の刺激を受けて、3月12日の日曜日に明野処分場計画予定地の見学会を自然観察会的に開くことにしました。案内して下さるのは、明野に暮らしている自然観察指導員のしばやまひろこさん。旧明野村役場に1時に集合です。場所がわからない方は、メールでどうぞ。
そこを共に歩いて、感じたこと想ったことシェアして、次に繋がる何かを見つけて行かれたら、と想います。

今までのことは、もう、いいのです。
過ぎゆくものに手を振って、明日へ明日へ、地球に生きているひとつのいのちの当事者として、ぴかぴかに生きて参りましょう。
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by yumeyaeikoalways | 2006-02-21 06:38 | PEACE!  

賛成運動

前回の続きです。

生産、流通、消費者、企業も行政もみんな巻き込んで、何かいい方法や仕組みを作ることは出来ないかな??誰も困らず、他の生命たちや未来の世代も困らない、そんな方法や仕組みはないじゃろうかのう・・。

そんな想いをぐるぐるかき混ぜていたところ、2003年に日本初のゴミ・ゼロ・ウェイスト宣言をした徳島県の上勝町のことを知り、感動して涙が出ました。
「税金を使って、一瞬にしてごみを燃やし、大気・大地・水を汚す。そして、将来に環境の?つけ?を残している。ごみゼロは必ずできる!絶対せなあかんことだと思います」
古いカレンダーの裏を名刺として再利用している上勝町の笠松和市町長の言葉です。
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人口2130人の上勝町ではひとつのことを目指して、いろいろなことを町中みんなで協力し合っています。林業、農業、産業にも、希望を感じました。いろんな仕組みとたくさんのアイディアと工夫。人が生かされ、町を生かす。素晴らしい!!
ミヒャエル・エンデの遺言が、この町に見事に実現されています!

是非とも行きたい、この目で見たい。今年、必ず、行っちゃいます、私。
上勝町の誰か〜、その周辺の方〜、コンサートで呼んでくださーい!!
夏の関西ツアーに組み込めると、最高♪(他の地域も募集中です!)

一昨日のわくわくの定例会でも、トウモロコシの皮の容器、再利用可能マーク、再利用する仕組み、企業の発想の転換についてなど、希望ある話が出てとても嬉しく想いました。今までのわくわくの活動からもう一歩、十歩、百歩踏み出して、いろんな発想をみんなでカタチに。
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発生抑制、再利用、リサイクル。
スウェーデンでは、再利用できないものや土に還らないものの生産はしていないらしいですし、一般の人々が再利用できるもの、土に還るものをきちんと選ぶのだそう。選べる仕組みさえしっかりあれば、選べますものね。
他の国でできるのなら、日本でもできる!時間はかかるだろうけど、絶対にできる!!

今までも今もずっとあちこちで、あらゆる「反対」と言う運動。
友人が言った"賛成運動"と言う言葉・・、そう、私も上勝町のようなYES運動、賛成運動をやっていきたいです。
今、水面に落ちる水滴のように、波紋のように一筋のひかりが降り注いで広がっていく感じがします。
そう、動けば変わっていくのです!
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上勝町の了承を頂いて、上勝町HP、GEICのリンク及び掲載をさせていただきました。
上勝町のみなさん、役場の方、快い応対と未来への可能性を感謝します。
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by yumeyaeikoalways | 2006-02-17 20:19 | PEACE!  

明野最終処分場1

日本で一番日照時間が長い村、山梨県明野村。今は合併して明野町になってしまいました。茅が岳を背に富士山、南アルプス、八ヶ岳と、四方山々に囲まれていて、それはそれは素晴らしい景色です。私はテレビを見ないのでよくわかりませんが、「今、会いにいきます」というドラマ(映画?)でひまわり畑が有名になったようですね。
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とても美しい場所だというのに、12年ほど前から明野の浅尾という地区に産業廃棄物最終処理の処分場予定地の計画がじわじわと進められてきました。産廃だけだと住民に反対されてしまうと言うことで一般ゴミも埋められる予定になりました。利権なども絡んで、住民は賛成派と反対派に二分してしまっている現状です。3年前には反対派から明野村の村長に立候補した人が村長にもなり、計画は白紙撤回になる運びだったのですが、合併したこともあり、ここに来て再び明野処分場問題が浮上してきました。

今の日本の世の中の仕組みでは、どこかにゴミを埋める場所を作らなければならない、と、たとえ僅かといえども日々ゴミを出している私はそう想ってしまいます。どこかで関わっているような気がして、産業廃棄物は企業の責任、とも言い切ることが出来ないでいます。

けれども、明野で唯一の沢があり、縄文中期の遺跡があったり、大鷹が生息するその場所に処分場を作って欲しくない。どうしたらいいのでせう?誰か、おせーて!
今朝、処分場の計画されている予定地を散歩してきました。雑木林が続く散歩道。静かな山のたたずまい。鳥の声、風の音、虫の抜け殻、キツネのうんち・・。静かに静かに暮らしている、妙なる巡りの森のいのちたち。私には、何ができる?
企業も行政も巻き込んで、PICNICでも計画しようかしらん。
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by yumeyaeikoalways | 2006-02-08 21:59 | PEACE!  

もう、いらないのです

ひとつ載せてしまうと、あれもこれも・・になってしまうから、避けてきたと言えば避けてきましたが、こうやって自分のブログに載せたとして、もしかすると何かが変わっていく可能性があるのかも知れない。green fieldさんのページにあったからこそ、私の心が動いたわけだし。

「反対」とか「抗議」と言う言葉でない、違う言葉、違う方法があったらいいのに。

「米原の森・海・サンゴ礁を守ろう」署名も集めています。
石垣島ネイチャーガイド
国際サンゴ礁研究・モニタリングセンター

浜辺でテント、焚き火と音遊び、綺麗な海に潜ってもずくや貝をとって食べたり・・、私は、それで充分っす。そのままの美しさで、充分です。目に映るものは、みんなみんな、それだけで充分美しいです、豊かです。それ以上の何かは、もう、いらないのです。

「人の手でやったことは、人の手で変えられる。」
今年の4月に亡くなった友人エノクソンさんの言葉を、今噛みしめています。
私は、珊瑚礁を守りたいです。

ついでにお知らせ。
green fieldさんは、11月3日〜12日まで文京区本郷で木版画の個展をやります。
PCでも少し観ることができますが、実物を是非、どーしても観たい!
遠くの方も、わざわざ出かけていく価値ありですよぉ。
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by yumeyaeikoalways | 2005-11-01 14:27 | PEACE!  

さて、選挙です

2年前、大量破壊兵器がある、といってイラク戦争を支持した小泉首相。
武力でなく、話し合いで解決して下さいとアメリカに言って下さい、と国会まで足を運びましたが、イラク戦争は始まってしまいました。私も含まれている日本という国はイラク戦争を支持しました。

正義を掲げた側が落とした爆弾で、たくさんの普通に暮らす人々が亡くなりました。大量破壊兵器を持っていたのはどっちだったのでしょう?
たった今この瞬間も、生き残った人々は放射能にさらされている。人々は病気になったり、奇形児が生まれたりしている。
この先、生命は巡って行かれるのかな? どうなって行くのかな?

戦争が終わって、大量破壊兵器は在りませんでした。
戦争は何のため? 誰のため?

大量破壊兵器が在ったと想ったから攻撃しちゃったんだけど、なかったよー、ってアメリカが言ってたよー、間違えてごめんね、と謝ることもしない小泉首相はどんなココロでいるのかな?幸せ感じているのかな?
政治は、何のため? 誰のため?

どんな答えが出ようと、みんなが幸せであることを私は想い続けよう。
世界のすべてが平和で在れと、私は想い続よう!
さて、選挙に行ってきます。
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by yumeyaeikoalways | 2005-09-11 10:00 | PEACE!  

平和の火

1945年8月6日朝8時15分。広島に原爆が投下されました。60年という月日が流れました。戦争を体験された方は、もう、たくさん亡くなってしまいました。戦争を実際に知っている人が残り少なくなってきてしまっています。(そんな中での憲法改正、私は嫌だなぁ。)
自分の大切な人を焼き尽くした原爆の残り火を懐炉で持ち帰り、自分の家で灯し続けた福岡県星野村の山本達雄さんも、去年お亡くなりになりました。

山本さんが「恨みと怒りの形見」として灯し続けた原爆の火は、いつしか山本さんと山本さんの家族、そして星野村の人々の「もう、戦争はいらない」という決心の徴として、「平和の火」として灯されるようになりました。たくさんの人の手によって分灯されて、今、世界中のあちこちで「平和の火」は灯され続けています。


山梨県塩山にある私の知り合いのお寺にも、「平和の火」が灯され続けており、私も時々火を分けて頂くことがあります。平和の集会や、中学校の卒業生を送る会などで呼ばれた時に、「平和の火」を運んでいきます。

片道2時間かけて分けて頂きに行くのですが、毎回「この平和の火を、ひとりひとりの心に灯して下さい」と言って、運んできた火はその場で消してしまいます。「平和の火」はひとりひとりの心に灯っていればいいんです。火継ぎをされている方がいるからこそ、私にはそれができます。もちろん、平和の火を実際に灯し続けているお寺のご住職に理解していただき、了解を得てからそうしているわけですが、ご住職はいつも快く分けて下さいます。大切なのは、カタチと共にある想いだと言うことをご住職もやはり理解されておいでです。ありがたいことです。

最近、ほっとけない世界のまずしさキャンペーンという動きがありますが、徴としてのホワイトバンドが、カタチだけにならないといいなぁと願っています。大切なのはその奥にある想いと共に在ることなのだと、私は受け止めています。ホワイトバンドを身につけることに、大いに賛成です。ですが、自分がイコールかどうか、自分の心に問うことも必要である気がします。

自分の暮らし方、生き方一つが、世界の貧困をつくっていると言う事実を、その当事者である事実をきちんと受け止めたいと想います。戦争も同じです。そして、そこから何ができるのでしょう?
その答えは、やっぱり、ひとりひとりの心、在り方にあると私は想います。他でなく、誰もが自分の中に答えを持っているはず。そして今、その千差万別の答えを分かち合っていく時であるように感じています。

今日、素が嫌@じゃんさんのところで、神様へのインタビューに出逢いました。
相手が神様なのかどうかわかりませんが、2001年10月に同じようなことを私も夢で体験しています。「闇の道、光の道、あなたはどちらに行くのか?」と訪ねられたので、「光の道」と答えました。「何をしていくのか?」と聞かれたので、「音楽をやっていきます。」とも答えました。私は戦うのではなく、すべてを愛していたいと、その時夢の中で想いました。
アメリカで起きた同時多発テロ事件後、報復するかしないか、の頃でした。夢の中の話なので、今まで誰に言わなかったけど、別に言ってもいいかー。

-安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから-広島にある原爆慰霊碑の石棺に、刻み込まれている碑文です。
この碑を、建てた当時の広島市長が「この碑の前にぬかずく1人1人が過失の責任の一端をにない、犠牲者にわび、再び過ちを繰返さぬように深く心に誓うことのみが、ただ1つの平和への道であり、犠牲者へのこよなき手向けとなる」と述べています。
自分や誰かを責めるのではなく、自分自身を赦し、愛し、信じるところから、と私は想います。

60年前の今日、原爆によってなくなられた方々、そしてすべての戦争で命を落とした方々のご冥福をお祈りします。
ひとりひとりの心に平和の火を灯して、地球まるごとで、光の道を歩いていきましょう!
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by yumeyaeikoalways | 2005-08-06 08:15 | PEACE!  

I am happy

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このところ、ますます世界は変わり始めている、と、感じています。
うたをうたい始めた時に、「感じて、想って、動けば変わる!」と、不思議と確かにそう想った。

2001年に起きた同時多発テロ事件以来、世界のHappyを願うなら、自分がHappyでなくっちゃと想うようになった。そして音楽を表現して生きることが、とても自然で、必要なことに想った。そのみちを、まずは自分でとことん信頼することが大切だなぁと。


失敗を繰り返しながらも、輝く明日へ、いつでも進んでいる、誰でも何でも、と、私は想う。否定して否定して否定し続けた先で、どこまでも肯定する。そんなところに出逢えるんだと私は想う。苦しんでいる自分や他を見て、さらに苦しんでしまうってこともあるけれど、いろんな闇のようなものを体験して体験して、光に立ち返る。
自分も含めて、世界は今、そんな風に動いているように感じています。

「いま世界では3秒にひとり、子どもが貧困から死んでいます。1日だと3万人。 1日1ドル以下の生活をしている人は12億人、 きれいな水を飲めない人は10億人以上、 読み書きのできない大人は8億6000万人、 これまでエイズで死んだ人は2000万人。」

ほっとけない 世界の貧しさキャンペーンと言うのが始まりましたが、20年ぐらい前のWe are the worldや、Live eidを思い出しますね。
ホワイトバンドを身につけて、何が変わるのかなと言う答えは、それぞれの胸の中に在るのでしょう。意識を持っていくことって、大事だし。私もやってみようっと。

感じて、想って、動けば変わる!
危機感からだけじゃなく、I am happyってところから動いていきたいな。

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by yumeyaeikoalways | 2005-07-14 14:29 | PEACE!  

Love&peace

八ヶ岳に暮らしている日々。
自然農をやったり、醤油や味噌を造ったり、物々交換や地域通貨を使ったり、満月の集いを開いたり、活元会に行ったり、野や山へ出かけて野草や山菜を食べたり加工したり..。一緒に音楽を分かち合う仲間や、大きな家族のようなつながりの中、私はのびのびと生きることが出来ている。今年になって、今ここに在ると言う幸せを本当に強く感じている。感謝は尽きない。愛と平和はここにある。



こんなに幸せを感じている私が立っている同じ地球の上で、たった今も戦争は起きている。本当に、たった今この瞬間に。
「何でなんだろう?」
テロがどうだとか、経済優先だからとか、歴史がとか、そういうことじゃなくて..。そういうことではない別の答えを私はずっと探している。
仕組みを知り、ちゃんと理解することは、必要なことだって想ってる。
でも、どこまで知ればいいんだろう?
どれだけ理解すればこの地球から戦争はなくなるんだろう?

「ただ『祈る』だけでない『平和』とのつき合い方、『NO WAR』と叫ぶ以外にある『平和』との向き合い方を探したい。世界が平和であることを望むのなら、そうなるための努力をそれぞれが日常の中でしていかなくてはいけないと思う。」

[戦争をしなくてすむ世界をつくる30の方法<合同出版>]の編著者のひとり、田中優さんへMr.Chirdrenの桜井和寿さんが送ったメールの一節です。

私もそう想っている。知ること判ることと同時に、今すぐ出来ることはたくさんある。こんがらがっている糸を嘆く前に、放り出す前に、ほどいていける力を持ってることを信じ切って、たとえゆっくりでも、やってみれば、やがてほどけていく。だから、想ったことはやってみる!

そして、自分自身が『平和』じゃないのに、人に『平和』を望むことは私には出来ない。目の前にいる人と『平和』を分かち合えないのに、世界に『平和』を望むことも私には出来ない。まずは自分が、私自身が、一番身近にいる自分自身の当事者として、自分の人生の当事者として、この地球にあるひとつのいのちの当事者として、足元にある平和の道をしっかり歩いていないと。そこから見えてくるものが答え。そして見えた答えを歩く。LOVE&PEACE♪を歩く。

3年前、アフガニスタンのドキュメント映画「よみがえれカレーズ」を観た。同じ映画会社の最近の作品「日本国憲法」八ヶ岳で上映会をやってみようか。
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by yumeyaeikoalways | 2005-06-03 14:07 | PEACE!