カテゴリ:映画( 3 )

 

ミルコのひかり

明日、12月24日(月)、
北杜市長坂コミュニティホールにて、
映画 「ミルコのひかり」上映会があります。

私は、主催者でもなければスタッフでもありませんが、
単なる直感でお薦めしちゃいます。


自由を求める運動が大きなうねりを見せていた70年代初頭、
イタリアの片隅で、
「音」を通して自分の可能性を切り開いて行った盲目の少年ミルコ。
イタリア映画界の第一線で活躍するサウンドデザイナー、
ミルコ・メンカッチの少年時代の実話に基づいた映画です。


不慮の事故で両目の視力を失い、
絶望の果てに出逢う「音」が、ミルコに新しい扉を開かせる。
やがて、彼の夢や希望が盲学校のクラスメイトたちに光を与え、
周囲や世論までもを突き動かして行く..。


以前のブログ記事、闇と光
私にとってこの映画は、その延長線上にあり、
そして、「音」と来れば、わたくし観ずにはいられません♪
「ミルコのひかり」、ぜひぜひ、ご覧あれ!

長坂コミュニティホール
前売り 1500円 (きららシティ、清水写真店にあり)
当日  1800円 ↑明日は無理か?

上映時間 10:30 13:30 16:30 19:30

ミルコのひかり
[PR]

by yumeyaeikoalways | 2007-12-24 00:49 | 映画  

こんばんは

不登校やひきこもりを支援している「上伊那子どもサポートセンター」が中心となって、「子どもを育む上伊那地域ネットワークフォーラム」が5日に開催され、"学ぶって何だろう"をテーマに夜間中学校のドキュメント映画「こんばんは」が上映されました。私は音楽を通して「上伊那子どもサポートセンター」に関わっているので、フォーラムの中でも少々演奏をさせていただきました。

夜間中学校は、戦後まもない頃、貧困のために昼間の学校に通えない子どもたちの為に設けられたもので、その後、戦争によって学校に行けなかった高齢の人たちや残留孤児や中国や韓国の人たちなどが、日本語を習得するために受け入れられるようになりました。現在では国際結婚などによって日本に来た様々な国の人たちや、不登校などによって学校に通えなかった人たちなども通っています。全国で35カ所、約3000人が夜間中学校で学んでいます。

映画の舞台は、東京都墨田区立文花中学校。
山田洋二監督の「学校」の一作目のモデルになった見城慶和先生がいらっしゃる学校です。

生徒の最高年齢は91歳で平均年齢63歳というクラスがあり、戦後、家の手伝いなどで働かなければならなかったために、小学校にさえ通えず、ずーっと読み書きができなかったと言う老人たちが学んでいる。70を超えてから「夜間中学」と言う存在を知り、「入学したい、学びたい」と言う強く熱い想いと、通学することでその人たちの「生きる」と言うことが変わり、長い長い間ずっと消えることがなかった心の闇や傷が「学ぶ」と言うことで癒されていく姿。胸が熱くなりました。

受験勉強、競争や効率を優先するのではなく、暗記するのではなく、ひとりひとりの頭と人生に確実に染み込むように進められていく授業。真摯に学ぶ生徒たち。
東京にある夜間中学の合同体育祭や文化祭などは国際色豊かで、小さな「地球村」と言った感じです。年齢、国籍、立場を超えた人と人との関わり。そこで育まれている人のあたたかさ、優しさ、深さ、情熱、自信、希望・・。"学ぶ"ということは、心が成長すること、平和を生きるってことなのかも知れない。

「平和」がそこに見えて、なんだかーーー、泣かずには、いられなかった。
"悲しい"とは違う涙が止まらなかった。
すべての学校がこんな風であったなら、すべての人と人の関係がこんな風であったなら、すべての人がこんな風で在れたなら、社会がこんな風であったなら、世界がこんな風であったなら・・。

170万人もの義務教育未修了者が今現在の日本にいるという。難しい漢字は私も読めないけど、何不自由なくあたりまえに読み書きができると言うのは、本当に幸せなんだと想った。
興味を持たれた方、あちこちで上映会をやっていますよーーー。
[PR]

by yumeyaeikoalways | 2005-11-07 15:07 | 映画  

ホピの予言・2004年版上映会

28日に山梨県長坂町にある、オオムラサキセンターと言うところで、ホピの予言の上映会がありました。ランド・アンド・ライフの宮田雪さんと言う方が1986年に制作された映画です。宮田さんはその後体調を崩されており、現在は宮田さんのパートナーである辰巳玲子さんが上映会で講演をなさったり、ホピの予言についての書籍の販売をなさっていらっしゃいます。


ホピのひとつの時代が終わったことを感じた辰巳さんは、ホピ族が暮らしているビッグマウンテンまで足を運ばれました。自らカメラをとり、ホピの長老に逢いインタビューをまとめられ、「浄化の時代を迎えて」と言うタイトルの25分ほどの短いフィルムを元の作品に付け足されました。


遙かなる昔から、ホピ族に伝えられ続けた予言。その一つに、「灰のつまった2つの大きなひょうたんが落とされ、何もかもが焼き尽くされるであろう。」とあり、それは広島、長崎に落とされた原子爆弾のことに違いない、とホピの方々は気付き、それまではホピにだけ伝えられてきたメッセージを世界に伝え始めました。これからの世界が、破壊の道、清浄な道の二つに分かれて行くことを示した石版に込められたメッセージを、ホピのメッセンジャーたちは、世界中に知らせて歩き始めましたが、今現在ではもうホピのメッセンジャーはひとりも生存されていません。伝える時代は、終わったのだとフィルムに残された長老は語っています。ひとりひとりにその答えがあるのだと・・。


普段私たちは、スイッチを入れると電気がつくと言う生活が当たり前になっています。そのスイッチの先に、何があるのか、どういうことが起きているのかを、知る人はどのくらいいるのでしょう?ヒバクシャを生みながら動き続けている原子量発電所、その原子力発電所を動かすために、ヒバクシャを生みながら採掘され運ばれているウラン鉱石。更に原子力発電所から出たウランのゴミは、劣化ウラン弾となってアフガニスタンやイラクに落とされてしまいました。自分たちの土地からウランが掘り起こされて、そんな風に使われていることを知ったホピの方々はたいそう心を痛めているそうです。


電気を使っている私たちはひとり残らず、この映画の当事者なんだと想う。遠いところの話では、決してない。私たち人は、ちゃんとそのことを知り、ちゃんと受け止めなくっちゃいけない。

いきなり電気を使わない生活をしようなんて、私だって想っていないし、できないけれど、せめて、使っていないところの灯りは消すとか、クーラーを弱くするとか、灯りを減らすとか、コンセントを抜くとか・・今すぐできることから始めればいいのでしょう。電気を多少使わなくても立派な手や足が在るんだし、人には知恵が在るんだし、手間暇かかったっていいんじゃないかなぁと思うわけですよ。^^


「物質的な生き方から、本来の精神的な生き方に戻ることこそが、私たちに残された唯一の生き方である。」と言うメッセージを残して、ホピは進んで伝える時代を終えました。
浄化の時代がはじまり、地球規模の災害が起きるのも、人が精神的に弱るのも多くなっているらしいです。


初めの作品のエンディングと、付け足された作品のエンディングと、両方に「ホピ平和宣言」という文章が流れますが、一カ所、全く意味が違うところがありました。。


それは、間違っていたわけではなく、時の流れや時代がそうさせたのだと、私は受け取りました。辰巳玲子さんに聞いたところ、訳者の北山耕平さん曰く、86年版の訳は「若気のいたりで~」だそうですが、2004年版の訳の方が私にはしっくり来るのです。

映画と辰巳玲子さんのお話の間に、私は一曲歌を歌わせていただきました。
上映会の中で、歌うと言う役割を頂けたことに感謝します。
[PR]

by yumeyaeikoalways | 2005-08-30 21:12 | 映画