カテゴリ:料理人として( 8 )

 

春の連日ノッツ

新入社員を対象にした企業研修が始まり、3月30日から4月9日まで私は連日ノッツです。朝6時から夜6時過ぎまで、賄い三昧です。一日中、「食べる」と言うことに携わり、それぞれの企業の新社員の人たちと関わります。

毎年この時期はほかのことも忙しくなってしまって私は体調を壊してしまうから、今年は春風めぐるに参加した以外はノッツを選んでしぼりました。

春は野草と山菜がメニューに上がります。調理するものを直前に摘みに行って、ぬたにしたり、サラダにしたり、おみそ汁に入れたり、天ぷらにしたり。春の足元は、こんなにも食べ物であふれているのかぁ、と感動してしまいます。わたしの大のお気に入りは「春蘭」、ムーミンにでてくるニョロニョロのような姿をした蘭です。天ぷらで頂きます。
これが、旨いのですーーー♪

去年、木に登って摘み、塩漬けにしておいた八重桜の蕾も大活躍。桜茶やおにぎりや盛りつけの飾りに使います。もちろん食べられますよ!

「食事を作る」は楽しい。おいしいは嬉しい。
春の野からやってくる食材はとてもエネルギッシュ。生命力でいっぱいです。食事を通して体の内側から人をサポートすること、佐藤初女さんとさっちゃんに伝えてもらった大切なことです。

新入社員の人たちは何時間もかけて、手間を惜しむことなくご飯を作っている私たちの姿はどう映っているのでしょう。残れば捨てればいい、欲しければ買えばいい、という価値観とは違う私たちの価値観。
「食べ物=生命」「食べること=生きること」。
新社会人の姿に、連日あれこれ考えさせられています。
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by yumeyaeikoalways | 2006-04-05 23:12 | 料理人として  

いのちある、ところ2 -麹-

味噌用の麹作りをしています。大麦2kgと米2kg。
一昨夜のうちに水に浸して、昨日の朝、水を切ってからハガマと蒸籠で蒸し、麹(糀)菌をそれぞれにまぶして、専用の木桶の中に入れて、温度と湿度を整えながらこたつの中で育てています。

麹作り初体験の時は、友人に「何度もアルコール消毒して清潔にするのよ」「大変だよ〜」と激しく脅され^^麹を育てているあいだ緊張し続けたせいで肋間神経痛になりました。自分でやってみたらたいしたことではなかったので、つぎの年から余裕を持って味噌造りに使う麹も自分で仕込めるようになりました。
本やレシピを読んでもさっぱり理解できない私は、何でも経験してわかっていくタイプのようです。今では麹が「面倒を見てくれ〜」呼ぶときに様子を見るようにしています。

今朝、麹の花が咲き出しました。麹の花はとても美しいです。そして良い香りです。だいたい3昼夜で麹(糀)は出来上がります。

約半年かけて育った大麦と米で、来年一年分の味噌のための麹作り。
手間と時間を惜しまず、おいしく豊かにありがたく、小さないのちたちに感謝。
来週、味噌造りです。
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by yumeyaeikoalways | 2006-01-26 11:31 | 料理人として  

いのちある、ところ

一粒の種のいのちの不思議を想いながら、今、大豆を煮ています。
いのちは、どこから来たのだろう?いつ頃、この一粒の大豆は、大豆としていのち巡り、何人の手を通って、今、ここにあるのだろう??

去年咲いた桜の花は二度と咲くことはない。同じように見えるけれど、今年は違う桜の花が咲く・・。あたりまえと言えばあたりまえなのだけど、なんだか私はとても不思議でたまらない。感動さえしてしまいます。

とある学校給食で、「お金を払ってるんだから、子どもに頂きますを言わせないで欲しい」と言う親たちの意見を学校側が受け入れたという話を聞いて、「いのちを頂く」ということへの意識、その元にある「いのち」の受け止め方、いのちある生き物として人は「いのち」をどう捉えているのだろうかと、考えてしまう。

私が家庭を持っていた時、義父は腹水がたまって寝たきりになってしまった。毎日、お腹の中の水を抜かなくてはならなくて、毎日、病院に通った。糖尿病、B型肝炎、肝硬変、静脈瘤、肝臓癌・・、病気の巣のようですね。
それでも、彼は「生きること」を強く希望していた。

義母は義母で若年性のアルツハイマー、今で言う認知症という病気を煩っていた。たった今のことを、どんどん忘れていく。今まで容易くできてたことが、どんどんできなくなる。記憶がどんどん昔にさかのぼっていく。
それでも、やっぱり彼女は「生きること」を強く希望していた。

両親を介護していたのは、まだ20代だった私。
いのちとか生きることとか、夫婦とか家族とか、ご近所とか親戚とか社会とか、たくさん考えさせられた。両親それぞれがよく私に過去を語り、よく泣いた。私は、「うん、うん」と聴く。きっと、ずっと話したくて、きっと、ずっと泣きたかったのかも知れない。

その後、私は「どう生きるのか?」がテーマになり、自分を含めて誰の過ちもどうでも良くなってしまった。立派な人だろうと立派でない人だろうと、みんな生まれて生きて死ぬ。偉い人も偉くない人も、勝つ人も負ける人も、みんな生まれて生きて死ぬ。
いのちは、どこから来てどこへ行くのでしょう?

今、いのちある、私。今、いのちある、あなた。
それは、奇蹟。
今、やれること、できることを最優先にやって生きていなくっちゃです。

大豆を煮ながら、あれこれ想う冬の朝。
尊い唯一のいのちある、ところとして。
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by yumeyaeikoalways | 2006-01-21 12:37 | 料理人として  

風邪をひきました

新年早々、熱が8度まで上がりました。口内炎もできました。
お医者さんにも行かない、薬も飲まない私は、大根湯、足湯、活性器などで手当て。今回は喉が痛くなったのでレンコンスープも飲みました。

e0016150_1836719.jpgその時その時必要なことや食物を"感じる"と言う感覚を、もっと身につけたいものです。上手にひくことができたようで、今、素晴らしくすっきりです。
私が不摂生をして歪めてしまった体は、バランスを取り戻そうと自らの力を出してくれます。体ってば、やっぱりスゴイ!
暮れに軽トラック2台分の薪を片付けようと、チェーンソウと格闘して腰を痛めていましたが、腰痛も風邪と一緒に去っていきました。めでたしめでたし。

写真は、元旦の朝に頂いたノッツのおせちです。すべて手作り。


おせち料理は五穀豊穣、豊年満作、長寿、喜び、健康などいのちをお祝いする日本のお祈りのカタチです。松葉、竹の葉、梅の冬芽を紅白の水引で結んで作った箸置きを添えて。
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by yumeyaeikoalways | 2006-01-06 19:58 | 料理人として  

いついつキャンプ終了!

7月後半から始まった、ノッツ日野春校の「いつ来ても、帰ってもいいキャンプ」、通称「いついつキャンプ」が今日で終了しました!
よく頑張ったもんだ、と自分を褒めてあげちゃうわ〜♪よしよしっ(^▽^)

夏のキャンプは、大学生がキッチンスタッフとして入ってくれるのだけど、今年は何人かが数日間来てくれただけでしたので、通しで入ることに・・。私は合間に太鼓教室やコンサート、ジャンベバンドの練習、わくわく一座の練習があり、とてもハードではありましたが、たくさんの子供たちとも出逢い、いい日々を過ごすことができました。普段はあまり接点のない大学生や高校生と話をすると言うのも、とても面白かったです。

最後の食事のあとでコンサートをやらせてもらって、「森へ帰ろう」をみんなで歌えて嬉しかったのでした。22日までは、違うキャンプが入るのでノッツでご飯を作る日々は続きますが、とりあえず、いついつキャンプに関わったみなさま、お疲れさまでした!
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by yumeyaeikoalways | 2005-08-19 18:47 | 料理人として  

まだまだ続く連日ノッツ

7月後半から、連日ノッツで子供たちにご飯を作っています。すっかり4時半起きが習慣になってしまいました。子供たちの人数は毎日かわりますが、ここのところ80人分の食事を3人で作っています。すべての火口がフル活動で、キッチンは40度を越えます(もっとかも)。どうやら許容量を超えているようで、くたぶれております。はへー。

でも、子供たちの、「今日も、ご飯、おいしかった!」の声を聞くと、元気復活。やったるで〜!と言う気になります。生命力あふれる八ヶ岳の森で、子供たちは何を感じているんでしょう。大切なことを伝えようなんて、僭越なのかも。大人より子供たちの方が大切なことは何でも知ってるし、感じているんだよねー。私にできることは、心を込めて野菜を切り、だしをとり、ご飯を炊き、等々・・食事にたっぷりの愛を込めて内側から生命を支えること。食事作りは私の祈り。食後に歌もプレゼントしちゃうわ〜♪
のびのびと元気に遊んでおくれ〜!
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by yumeyaeikoalways | 2005-08-11 20:51 | 料理人として  

キッチンから愛を込めて1

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昨日、久しぶりにノッツで働きました。
朝5時に起きて、6時から朝食作りです。ノッツとは、環境教育等を運営するNPO法人国際自然大学校の略名です。日野春校のスタッフとして働くさっちゃんの賄いのお手伝いとして、私は不定期で働かせてもらっています。

さっちゃんは、「食」を大切にしています。さっちゃんが「食事」を通して伝えようとしていることは、「今、これから」にとって、とても重要なことだと私は想っています。そのことをきちんと理解をした上で、その意識と共に働くということが、一緒に働かせてもらう者の在り方として、とても重要なことであるように想います。


ノッツの食事で使うお米は、「農林48号」というお米です。毎回、ハガマで焚いています。「農林48号」は、この土地に合った品種で、甘みがあり、ひとつぶひとつぶがしっかりしていて、冷めてもおいしいお米です。同じ方法で違うお米を炊いてみると、明らかに「農林48号」の素晴らしさが判ります。お寿司屋さんでよく使われたり、「幻の米」という名前で売られたりもしています。

野菜は、ノッツの畑で取れたものと、近所の有機農、自然農の人が手をかけた旬の野菜を使います。醤油や味噌も自家製(麹も)で、大豆、小麦も、ノッツや近所で作ったものを使います。椎茸栽培もしています。春は野草や山菜、秋には、山の木の子を使います。
鶏を飼い、玉子を頂きます。以前はヤギを飼い、乳を頂いていました。

キッチンから出る野菜くず等が、鶏を育み、鶏糞は、ノッツの畑を育みます。そしてその畑の野菜たちは、食べる人を育みます。
その循環する輪の中にちゃんと立ち、「食事を作らせて頂く」のですから、丁寧でありたいと、私は想います。失敗することもたくさんあります。きちんと反省して、必ず次に生かして行きます。

でき上がった食事は、作り手の心です。そこに気付く人気付かない人様々ですが、食事に込められた心は食材の生命たちと一緒に、食べる人の生命を支えます。すぐには気がつかなくても、食べた人の体はちゃんと記憶するんじゃないかなぁ、と想います。
そんな風に想うと、食事を作ることが楽しくってしょうがない。

下の写真は、ノッツ日野春校の校長のロバさんに送って頂きました。ノッツの食事の一例です。
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by yumeyaeikoalways | 2005-07-04 11:24 | 料理人として  

キッチンから愛を込めて2

日本の伝統的な食文化は、その姿を消して行くように想えます。しかし、最近、日本の食文化の美しさに気付き始めている人も、わずかですが現れ始めたようにも想います。伝えていくことことの尊さを想います。


さっちゃんは、私のあらゆる意味での師であり、母であり、大切な友人です。私は自分の母から、日本の伝統的な食文化について、「母から娘へ伝えられて行くこと」を、伝えてもらうことができませんでした。

本当の母は亡くなってしまった訳でも、仲が悪い訳でもありませんが、母の母、つまり私の祖母は、母を生んですぐに亡くなってしまいましたから、母も、「母から娘へ伝えらて行くこと」を経験することができなかったので、それを伝えるというのは不可能なことだったのかもしれません。縁あって、さっちゃんに「母から娘へ伝えて行くこと」を伝え直してもらっています。この体験は私の人生に於いて、最も貴重なことです。ありがたいことです。

一緒に料理を作るという時を重ねて行くうちに、料理の型、基本、用語や素材の扱い方を覚えました。季節の料理や、おもてなし料理も覚えました。時間と手間さえ惜しまなければ、何だってできます。そこには先人たちの知恵が隠されています。それを忘れ去ってしまうのは、日本人としてもったいないことです。

そして、だんだんと、優先することや、次に必要なことが、言葉を交わさなくても判るようにもなりました。全体が見えると、ひとつひとつの意味が見えてきます。それは料理以外のすべてのことに、応用が利きます。「食べること=生きること」と、さっちゃんは言います。私はさっちゃんに、豊かにさせてもらっています。

人が人と出逢うのは、いのちといのちが出逢うのは、その関わりの中でお互いを豊かにして行く為であるように私は想います。
ごはんを食べる前に、目の前の”いのち”に両手を合わせて、「いただきます」。そして、「ごちそうさま」。

キッチンから愛を込めて。
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by yumeyaeikoalways | 2005-07-04 11:16 | 料理人として