いのち輝かせて生きるべし

去年に引き続き、
北海道の森のおじじが八ケ岳に来てくれた。
そして、今年も「森の語りの会」が開かれた。
一年ぶりのおじじは、去年よりずっとずっと元気だった。
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と言うのは、去年八ケ岳に来てくれたときも含めて、
4ヶ月半ものあいだ、激しい下痢に苦しんだと言う。
そして、「死」に向かっていることを実感したらしい。
痩せこけて骸骨のようになってしまったのだと言った。


それでも、おじじは普段と変わらない自分を生きた。
北海道の北見の冬は、マイナス20℃以上と言う厳しさ。
けれど、雪が降れば、一日中雪かきをし、
一日の終わりには五右衛門風呂を焚き入浴、
塩で身体を洗い、真冬の川に入り身体の塩を洗い流す、
と言う自分の生き様を変えなかった。


たぶん、普通なら、
もっと便利な暮らしに切り替えるか、
病院に行くか、寝込むか、のはず。
でも、おじじは自分が一番喜び生きられる、
「森に生きる」と言うことを譲らなかった。
自分の生を全うすることを譲らなかった。


そして、今年の2月12日、下痢はぴたりと止み、
突然に、自分の存在の中心に大きなろうそくの火が灯った、
と言う表現で私たちに語って聞かせてくれた。
それは灯り続けて一瞬たりとも消えることはない、と。


おじじは、森の中で生きている。
誰もが同じように森の中で生きればいい、とは、
おじじは決して言わない。
言葉にはできない不思議な力、
人の持つ、生命の持つ、いつか捨ててしまった力、
それは普通の力として、すべての人が持っているもの。
「あなたの、あなただけの方法でそれに出逢える。」。


ただ、草木一本刈ることさえをためらう心、
そして、「善意」という壁を超えたところに在る「愛」。
この善意の壁というのはとても厚いのだと、
おじじは言っていたが、それも必要なんだけれどね、と、笑う。


そう、私は、善意の押し売りにはうんざりしてる。
きっともっと賢くなることができれば、「ありがとう」が言えるようになるのかもしれないけれど、
どうしてもどうしてもどうしてーぇも、そこに見え隠れするものを、拒んでしまう私がいるんです。
だから、つい、「頼んでない」って、つーんとしちゃう。


頭だけでなく、言葉だけでなく、
おじじの体験から、おじじの全存在から語られること。
それは、私を照らす道しるべ。
おじじの、自分自身を、自分自身だけを問い続ける在り方、
そして、誰にでも何にでもどこまでもどこまでも深く優しい。
おじじは、私の生涯、人生の師。出逢うことができて本当に良かった。


どうでもいいことは、もうやめだ。
何かに怯える心も、もうやめだ。
いのち尽きるその瞬間まで、いのち輝かせて生きるべし!

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by yumeyaeikoalways | 2007-12-10 16:01 | PEACE!  

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