天龍川ウォーク1

この旅がなかったら、私は今、うたをうたっていないかもしれない。

2002年7月八ヶ岳から諏訪湖、タカボッチから諏訪湖、そして、諏訪湖から天龍川を下って浜岡まで歩いた。メインタイトルは『風と水のウォーク』、私は『光と音のウォーク』というテーマで参加した。うたい始める少し前の素敵な旅のお話。何回かに分けて記事にしていこうと想っている。


その年の始めに、本橋成一監督の作品「アレクセイと泉」と言う映画を観た。1986年4月26日のチェルノブイリ原発事故後、放射能汚染で廃村となってしまった同原発から北東180kmにあるブジシチェ村の小さな泉と村の若者アレクセイを巡るドキュメント。美しい映画だった。美しい村だった。泉も人も美しかった。豊かさとは何かを考えさせられた。19年経った今もなお放射能汚染は続いている。

ここ八ヶ岳は、浜岡原発から北東に180kmという距離。同じ方向で、同じ距離だと想いながら映画を観た。
浜岡原発1号基も2号基も老朽化していていつ何が起きてもおかしくない。ましてや東海地震の予測震源地の真上にたっているから新しくっても同じか。

月に一度参加していた浜岡・祈りのウォークからの数奇な流れによって私は天龍川ウォークへと運ばれて行った。参加者は野良屋一家とポンタと私。途中、キノスズ、モリ夫妻、ツッピン、かくばりさん等が参加したが基本的には6人だった。

八ヶ岳から諏訪湖までは私だけの企画だった。
「これから」を生きていくためにどうしてもこの道を歩きたかった。1人で歩くつもりだった。
ところが、八ヶ岳出発の前日から、私はなんと40度の熱を出してしまった。諦めるしか無い..と想った。

「えいこちゃん、俺、代わりに歩くよ」と、うどんこが名乗り出てくれた。「うどんこが歩くなら私も歩く」ときらきらも名乗り出てくれた。「じゃあ、私がサポートする」と妊娠10ヶ月目の大きなおなかのトットが加わった。てつが治療に来てくれた。そして、その先の行動をスムーズにする為にみかちゃんが諏訪湖まで私の車を届けてくれた。一泊目の宿はパンちゃんが家を使わせてくれた。
自分のまわりにいる人々の尊さを思い知った。とてもとてもありがたかった。

私が計画したとおりに、旅が始まった。
私自身を未来につなげる道を、友人たちがみんなでつないでくれた。

私には歩き始める前に自分のすべてに浄化が必要だった。それまでの私では、その先を私が私らしく歩いていく力がなかった。私はどういう想いを持ち何をするのか、したいのか。私はあらゆることをはっきりと把握して、きちんと伝えられる人になり、自分の意志をはっきりと示して、これからを歩いていく必要があったように想う。そして、それを渇望していたように想う。

次回に続きます。
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by yumeyaeikoalways | 2005-06-10 18:57 | 足跡  

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