平和の火

1945年8月6日朝8時15分。広島に原爆が投下されました。60年という月日が流れました。戦争を体験された方は、もう、たくさん亡くなってしまいました。戦争を実際に知っている人が残り少なくなってきてしまっています。(そんな中での憲法改正、私は嫌だなぁ。)
自分の大切な人を焼き尽くした原爆の残り火を懐炉で持ち帰り、自分の家で灯し続けた福岡県星野村の山本達雄さんも、去年お亡くなりになりました。

山本さんが「恨みと怒りの形見」として灯し続けた原爆の火は、いつしか山本さんと山本さんの家族、そして星野村の人々の「もう、戦争はいらない」という決心の徴として、「平和の火」として灯されるようになりました。たくさんの人の手によって分灯されて、今、世界中のあちこちで「平和の火」は灯され続けています。


山梨県塩山にある私の知り合いのお寺にも、「平和の火」が灯され続けており、私も時々火を分けて頂くことがあります。平和の集会や、中学校の卒業生を送る会などで呼ばれた時に、「平和の火」を運んでいきます。

片道2時間かけて分けて頂きに行くのですが、毎回「この平和の火を、ひとりひとりの心に灯して下さい」と言って、運んできた火はその場で消してしまいます。「平和の火」はひとりひとりの心に灯っていればいいんです。火継ぎをされている方がいるからこそ、私にはそれができます。もちろん、平和の火を実際に灯し続けているお寺のご住職に理解していただき、了解を得てからそうしているわけですが、ご住職はいつも快く分けて下さいます。大切なのは、カタチと共にある想いだと言うことをご住職もやはり理解されておいでです。ありがたいことです。

最近、ほっとけない世界のまずしさキャンペーンという動きがありますが、徴としてのホワイトバンドが、カタチだけにならないといいなぁと願っています。大切なのはその奥にある想いと共に在ることなのだと、私は受け止めています。ホワイトバンドを身につけることに、大いに賛成です。ですが、自分がイコールかどうか、自分の心に問うことも必要である気がします。

自分の暮らし方、生き方一つが、世界の貧困をつくっていると言う事実を、その当事者である事実をきちんと受け止めたいと想います。戦争も同じです。そして、そこから何ができるのでしょう?
その答えは、やっぱり、ひとりひとりの心、在り方にあると私は想います。他でなく、誰もが自分の中に答えを持っているはず。そして今、その千差万別の答えを分かち合っていく時であるように感じています。

今日、素が嫌@じゃんさんのところで、神様へのインタビューに出逢いました。
相手が神様なのかどうかわかりませんが、2001年10月に同じようなことを私も夢で体験しています。「闇の道、光の道、あなたはどちらに行くのか?」と訪ねられたので、「光の道」と答えました。「何をしていくのか?」と聞かれたので、「音楽をやっていきます。」とも答えました。私は戦うのではなく、すべてを愛していたいと、その時夢の中で想いました。
アメリカで起きた同時多発テロ事件後、報復するかしないか、の頃でした。夢の中の話なので、今まで誰に言わなかったけど、別に言ってもいいかー。

-安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから-広島にある原爆慰霊碑の石棺に、刻み込まれている碑文です。
この碑を、建てた当時の広島市長が「この碑の前にぬかずく1人1人が過失の責任の一端をにない、犠牲者にわび、再び過ちを繰返さぬように深く心に誓うことのみが、ただ1つの平和への道であり、犠牲者へのこよなき手向けとなる」と述べています。
自分や誰かを責めるのではなく、自分自身を赦し、愛し、信じるところから、と私は想います。

60年前の今日、原爆によってなくなられた方々、そしてすべての戦争で命を落とした方々のご冥福をお祈りします。
ひとりひとりの心に平和の火を灯して、地球まるごとで、光の道を歩いていきましょう!
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by yumeyaeikoalways | 2005-08-06 08:15 | PEACE!  

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