ココカラ・ハジマル

「どうも元気になれない」って言う友人たちの言葉がきっかけとなって、いろいろな生命たちが活発に動き始める頃、八ヶ岳で「ココカラ・ハジマル」と言うタイトルのコンサートを開きました。いろいろな意味で、自分にとってもみんなにとっても、そのコンサートが再スタートになればいいなぁと言う願いを込めて、上弦の半月という時を選んで企画してみました。

そのコンサートから10日前に、近所のスウェーデン人の鉄の作家さんが心不全で突然亡くなりました。44歳でした。茨城弁の日本語を話すこともあって、商店街の金物屋さんからバナナをもらうほどの人気者だったのですが、私はなかなか逢うことができず、逢って時を共にしたのは亡くなる当日のお昼でした。突然現れた彼と、お昼ご飯を一緒に食べました。


ご飯を一緒に食べながら、森の話、水の話、家族の在り方の話や福祉についての話などをしました。すべての話に共通していたのは、世の中がこうだったらいいね、ってことで、彼は最後に、「でも、全部人の手で始めてしまったことだから、人の手で変えられるはずだよね〜」と笑って、帰っていきました。私にとっては、それは遺言になってしまいました。

人には人の正しさがある、というところからなかなか脱せずにいた私に、「共有できる正しさ、豊かさというのを作っていくことを諦めるないで」と言うこと、「自分の答えを、もっと鮮明に表現してごらん」と言うことを、私は彼から受け取りました。

様々な環境問題、戦争や飢餓や貧困、人の食のための植物、動物たちの現状など、ひとつひとつ部分的に見て解決を想ってみても、複雑すぎて気が遠くなってしまいます。どこから始めればいいのか、何から始めればいいのか。でも、必ず、人の手で変えていくことができる、と私は想います。

起きてしまっていることは、誰かのせいではないと気づき、そして、自分が当事者の一人だと気がつくことからしか始まらないのかもしれない。気がついたら、その答えを自分が生きることで、すべては変わっていくのかもしれない。世界中が共有できる豊かさや正しさを自分のワクワクする気持ちや楽しいって言う気持ちから、創り上げていきたいな。この世はみんなで創っているんだもん。

太陽の光を浴びて、光と影が丁度半分に見える上弦の半月。同じように自分の中の光と影、その両方が自分と生命のまるごとの美しさなのだと想います。「ココカラ・ハジマル・コンサート」から3ヶ月、光に出逢い影に出逢い・・、いつでも、どんなことも、自分の力になってくれる。痛みも、悲しみも、その先の自分の力になっていく。ココカラ・ハジマル、思い描く未来を、足元から、目の前から、そして、世界のすべてに。
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by yumeyaeikoalways | 2005-07-24 05:43 | 思ったこと  

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