何かの「縁」、何かの「宴」で歌う

夕べは十三夜。中秋の名月(十五夜)はもともと中国で行われていた行事が日本に伝来したものですが、十三夜の月見は平安の頃に始まった日本独特の風習だそうです。完璧な丸い月でなく満月前の少しかけている月を美しいと観るのは、日本人独特の感性なのでしょうか?私も、ちょっと欠けている、ってところにとても惹かれてしまいます。

「9月のあれこれ、その6-大きな木を結ぶ-」で少し触れましたが、山梨県増穂町の昌福寺では、十五夜と十三夜にそれぞれお月見の会が催されています。今回の十三夜の会は、落語と一緒にお月見です。一切の宣伝なしの上に土砂降り・・。それでも、50人ほどの方々が集われました。すごいことです。私はお月見、落語、古木好きですので、前から参加することを決めていましたが、その会でミニコンサートをさせて頂ける運びにもなり、もう幸せいっぱいです。お寺の裏の欅の生命を感じながら、演奏しました。この欅、もしかすると樹齢1000年でなくてもっとずっと若いようです。つなげてくれたシンゴさんと一緒に「竹田の子守歌」を演奏してみんなで歌いました。集まった方々は嬉しそうに歌を聴いてくれて、一緒に歌ってくれて、落語の時にはこれ以上ないほど大笑いをしていました。お寺や神社や教会と言う場所は、人にとってこの世とあの世を結ぶ場所。地域に深く根付いているお寺の在り方を観て、雲の上の月を愛でつつ、とてもあたたかい気持ちになりました。

そして、今日のお昼には、八ヶ岳の地域通貨「大福帳」の福ふくまつりが小淵沢「かっこう」で催されました。大福帳をはじめられた方であり、八ヶ岳で色々な活動の拠点のひとつである「八ヶ岳BOXあ」の金野さんからコンサートを依頼されました。私は、別の地域通貨には参加していますが、大福帳に関わることは今までなかったので、地域通貨の会という枠を超えて、歌で呼ばれたことをとても嬉しく想いました。
お餅をついたり蕎麦を打ったり、絵のワークショップやフリーマーケット、手作りのお菓子屋さん等が出店して賑わっていました。深いところで出逢いながらも、なかなか逢うことができずにいた尊敬する方々にも久しぶりに逢えて、私の歌を初めて聴いてもらうことができました。星の里の太鼓教室があって時間がとれなかったので、3曲だけのミニコンサートになりましたが、PAの方が気持ちのいい人だったり、「ユートピア」と言う曲できらきらがフルートで参加してくれたりで、心地よいステージになりました。

更に夜には、八ヶ岳の最大のお祭り、清里の清泉寮のポールラッシュ祭・カンティフェアの打ち上げでコンサートをしてきました。お祭りに関わった人々の宴。企画から運営、長い間お疲れさまでした。
カンティフェアはアメリカっぽい場で、外国の方々もたくさんいらっしゃいました。みんな呑んだり食べたり、とても楽しそうでした。1400mと言う標高なので、既に相当寒いので殆どの人が真冬の服装でしたが、寒さをものともせずシャツ一枚の元気なパンちゃんがジャンベで参加してくれました。こちらでもPAの方がとても気持ちいい方でしたので、ここでも心地よいステージになりました。ジャンベの関わりを通してのコンサートの実現、ありがとう!

昨日、今日とそれぞれの「宴」に参加して、自分と関わるつながりを心底嬉しく想いました。今まで、一度も出逢ったことのない人々、これから先も再び出逢うことがないかも知れない人々・・。「縁」によって出逢い、「縁」によって別れる人々と共有する場、そして、時。その空間が最大限、良きものであるように、と。
そんな中で人の前に立ち、うたを歌うという自分の役割をありがたく想います。その場にいるひとりひとりに心を込めて歌い、楽しんで聴いてもらう。そこからはねかえってくるものは自分の中に蓄えられて次の場へつながり行く。与え合うものが次から次へと変化していく・・。

「生きる」とは、そういうことなのかも知れない。
十三夜の月のように、人と人はそれぞれが欠けているからこそ美しく、そして、だからこそ出逢うのかなーと、想いました。私は何処へでも何処まででも歌いに行く!
十五夜、十三夜とも、どちらもこれ以上ないと言うほどの素敵な時を過ごせて良かったです。
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by yumeyaeikoalways | 2005-10-16 23:57 | ライブ  

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